>  今週のトピックス >  No.957
「介護予防」に対する現場の戸惑い
〜介護保険制度改正へ大きな障壁〜
  2005年に改正が予定されている介護保険制度について、現場では戸惑いの声が日々強くなっている。その最たるテーマが「新予防給付」の提供である。これは、廃用症候群に陥りやすい軽度の要介護者(主に要支援・要介護1)を対象に、要介護度の悪化を防止するための介護予防を施すというものだ。
●  一地域のデータが体系見直しの根拠となるか
  この新しいサービス体系に対して、現場から「軽度の要介護者が、従来使っていた介護サービスを受けられなくなるのではないか」、「いままで現場が蓄積してきたサービス提供のノウハウが否定されてしまうのではないか」、「本人が筋トレなどの介護予防メニューを嫌がったらどうするのか」などの声が上がっている。
  事業者の中には、厚生労働省がサービス体系見直しの根拠としたデータ──島根県において要介護認定後の状況変化を追ったもので、要支援の人の約半数が2年間で要介護度を悪化させているというもの──について、「限られた一地域のデータが、全国通じて同じという恣意(しい)的な解釈がされているのではないか」と、疑問を呈する声も上がっている。
●  現場の声を十分に反映させていない厚生労働省の姿勢に不安?
  こうした諸々の疑問や不安に対して、厚生労働省のホームページでは、現場から出された代表的な疑問を具体的に取り上げ、その一つ一つに詳細な反論をしている。上記のデータの件に関しても、東京都、横浜市、仙台市、熊本市などのデータをわざわざ併記することで、「全国的に同じ傾向が出ている」ことを、「これでもか」というくらい強調している。
  だが、これら一連の回答に目を通してみると、「ていねいに応えている」というより、「反論は許さない」という強圧的な雰囲気を感じてしまうのはなぜだろうか。
  最も大きな要因は、新しい介護予防サービスの必要性について、ことあるごとに「専門家の知見」や「科学的根拠」という言葉を多用している点にある。確かに省内のリハビリテーション研究会の見解や、行政・医師・看護師といった専門家の意見を随所に反映させて、回答文書は極めて論理的に展開されている。しかし、軽度要介護者本人からの意見吸い上げや、そうした人々にとって最も利用率の高いホームヘルプサービスの側からの意見は、簡単なヒアリング程度しか反映されていない。こうした「政策立案過程から除外されている」と感じる人々が多い点が、不安・不満に結びついているのではないだろうか。
●  現場の声を反映させた議論が望まれる
  厚生労働省側の回答では、「いままでのサービスが使えなくなるわけではない。ただ、そのサービス内容を“介護予防”という観点から見直すということ」を繰り返し強調している。また介護予防サービスの効果をどう評価するかについて、専門の委員会(介護予防サービス評価研究委員会)を立ち上げ、制度の信頼性を高めようともしている。
  限られた財源を有効に使わなければならないのだから、高度な理論武装によって説得力を向上させようという努力は必要だろう。だが、現場の末端でサービスを提供する側、それを受ける利用者側、それぞれの声をどこまでていねいに吸い上げてきたかは疑問符が付く。現場の感情面に配慮しない政策は、それが浸透するまでの間に大きな混乱を及ぼす危険性が高い。その混乱が、逆に要介護度が悪化するなどという状況を生んでしまえば、介護保険制度そのものが崩壊しかねない。
廃用症候群・・・寝たきりの状態などで、心身の不使用や不活発によって起こる機能低下。足腰の筋肉や関節など運動機能の低下や、種々の臓器の機能低下によりさまざまな症状が生じる。
参考:厚生労働省ホームページ
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2005.01.05
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