第7回 「生活が大変だから」という理由の年金の繰り上げ受給を考える
生活が大変だから年金の繰り上げする
本来65歳から支給が開始される国民年金を60歳から早く貰う(繰り上げ支給といいます)をされる方の、繰り上げをする理由の中で「生活が苦しいから、早くお金を貰いたい」というのがあります。
一見、ちゃんとした理由のように聞こえますし、多くの方がこの説明に納得しています。でもこれ、本当にそうでしょうか? 何か変だと思いませんか?今回は、ここをもう一歩踏み込んで考えてみます。
繰り上げ支給は借金をするのと違います
生活が大変な時、お金をどこかから借りてきたりすることは、日常よくあることです。生活が苦しいからと、年金を繰り上げて貰うという選択も、これと同じような感覚で行われるのでしょう。「少しでも今の生活を楽にしたい」という気持ちは、確かにどことなく借金と似ています。
しかし、大切なことを忘れていないでしょうか。
借金の場合は、その後返済をすることにより家計が楽になります。が、年金は繰り上げてしまうと、もう支給額は一生変わりませんから、その後家計を大きく改善する何かがなければ生活の苦しさも固定してしまうのです。
「親が43歳のときに末の子が生まれ、60歳を過ぎても大学在学中で出費がかさんでいる」というような場合であれば繰り上げの選択もありでしょう。末っ子が大学を卒業したら、ぐんと家計が楽になる可能性が高い。「生活が厳しいのは、子供が学校に行っている間」そういう人は、将来「生活が楽になる」という可能性があるのです。
何となく、早く貰えば生活が楽になりそうだというのが一番まずい
ところが、単に生活が苦しいからという理由であれば、これはまずい。
確かに、60歳から65歳までの生活は、早くから年金が貰えるので楽になります。しかし、人生は65歳で終りません。年金を貰ってからの人生は結構長いのです。
逆に、生活が苦しいながらも繰り上げの誘惑に負けず年金受給を我慢する人は、65歳から減額されない年金が貰え、その時点からの生活は繰り上げた人に比べて楽になるのです。
40年間国民年金に加入した場合、60歳から繰り上げして減額受給開始された人と比べると、年金額の差は月額2万円弱となります。老後の2万円、本当に大きいです。
1年で24万円、20年で480万円の貯蓄に相当するお金です。夫婦共に繰り上げた場合で比較するなら、2倍になるので、月額4万円の差になります。
よく「60歳からの繰り上げ支給と、通常支給の比較」が取り上げられ、「累計の受取額は76歳8ヵ月までは繰り上げたほうが有利」などと説明されますが、繰り上げ支給を選んだ人は「65歳になった時点から減額されない年金を貰っている隣の人」が羨ましくなってしまうものなのです。早くから年金を受給開始したというメリットは65歳を過ぎた時点で過去のものと感じられるもののようです。
実は繰り上げ支給はお金に余裕がある人が使う制度
繰り上げというと、前述のとおり「生活に余裕のない人が行う」というイメージでみられがちですが、実際はその逆なのではないでしょうか。
繰り上げ支給は「65歳以降の生活にメドが立っているからできる選択」、「お金に余裕があるからできる選択」とも言えるのです。
例えば、専業主婦である人のお小遣いは、夫の給料をやりくりした中から貰えるものですが、60歳から繰り上げ支給の手続きをすれば、夫の財布をあてにせずお小遣いを貰えることになります。こんな理由から繰り上げをする方も結構多いのです。
実際に「孫におもちゃを買ってやりたい」という理由で繰り上げをされる方もいました。
十分な蓄えがあれば、年金が月4万円だろうが6万円だろうが、生活に与える影響はほとんど関係ありません。しかし、年金を老後生活の柱としてあてにしている人は、そんな余裕はないはずです。毎月の1,000円、2,000円がとても大切になってくるのが現実ではないでしょうか。
以前、ある方からこんな質問をされました。
「生活が大変な場合には繰り上げをするのではなく、65歳になるまではどんな仕事をしてでもその収入で生活を維持し、年金には手をつけないという選択が良いということですか?」
私が、まさにアドバイスしたいところはそこなのです。生活が大変だと、どうしても目の前の年金に手をつけたくなる気持はわかります。しかし繰り上げ手続きをしてしまうことは、65歳以降の家計が厳しくなってしまうことにつながることなのです。
「繰り上げ」という制度は、一見弱者に優しい制度のように見えますが、実はそうでもないのかもしれません。
2006.12.19
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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