第108回 年金の公平性とは何か…、「運用3号」の問題(2)
まじめに手続きをして保険料を払ってきた人と比較すると
ところで、年齢が同じで、全く同じように夫が45歳で脱サラしたBさん夫婦がいたとします。このBさん夫婦はとてもまじめな方でした。
Bさんが45歳で脱サラしたときも、きちんと市役所(国民年金の届け出ですから市町村役場の窓口となります)に届出をし、BさんもBさんの妻も第1号被保険者となりました。
その後毎年の年金保険料も、未納滞納することなくこつこつと納付されていました。さて、このBさんが、Aさんと比較してどうなるのか見てみましょう。
保険料を納めなかったAさんも納めたBさんも年金額は同じ
今回の運用3号が適用されるなら、Aさんの妻は2年分の保険料をさかのぼって払うことで2年、それ以前の8年が運用3号で、Aさんが会社を退職してから10年分の保険料を納付したことにしてもらえます。Aさんの退職後から10年間に対応する年金額は、10年分保険料をまるまる支払った額となります。
一方Bさんですが、奥さんもBさん退職後10年の保険料はきちんと完納していますから、保険料納付10年間分に対応する老後の年金を受け取ることになります。
貰う年金額は同じです。でも払う保険料額は全然違いますよね。
まじめに届出をし、まじめに10年分の保険料を納付したBさんと、いくら制度の不備とはいえ、本来届出をしなければならないものを怠っていて、あわてて2年分の保険料をさかのぼって納付したAさん。
この二人を見比べて、まじめなBさん(まったく落ち度なし)は、10年分の年金をもらうために10年分の保険料を支払い、国の落ち度がかなりの程度あるとはいえ、本来届出をしなければならない義務を怠ったAさんは、10年分の年金を貰うために2年分の保険料を支払う。
「まじめな人が損している」と誰が見ても思います。まさに、「正直者がバカを見る」を地で行くような、納得できない結論となってしまうのです。そのため、新聞・雑誌・テレビ等のマスコミが「有識者の意見として」あちこちで異論を唱えたのです。しかもその数もほんの僅かの人を救うのではなく、100万を超える人が、そんなラッキーな取扱いを受ける可能性があるのです(逆にそれだけの数があるから運用3号という制度を考えたということもできるのですが)。年金財政はアップアップ、「無駄なお金は1円もない」といった普段の説明はどこに行ってしまったのでしょう。
年金のコンサルティングをしている社労士やFPに与える影響
わたしたちが年金相談中にアドバイスをするとき、夫が退職した後も続けて3号被保険者であるようなケースであれば間違いなく「早く手続きをしてください」とお客さまに説明します。
そうしなければ、ずっと誤った第3号被保険者であり続け、「年金額が減り」「場合によっては25年の納付期間が満たせず無年金になる」可能性があるからです。年金が貰えなくなったらそれこそ大変です。しかし、このような運用3号のような救済があると本当に大変です。
もしも以前に「今のままでは間違った3号被保険者だから早めに1号に変える手続きをしてください」とFPや社労士にアドバイスを受けた人がいたとします。その方はあわてて手続きをして保険料を支払った。ところが今回はそういう人が損をするのです。
「年金相談なんかしなきゃよかった。話によると誤った3号のままでいたほうが断然よかった。あのFP(あるいは社労士)はとんでもない奴だ」。
そこまで恨まれることはないかもしれませんが、他人に的確なアドバイスをする=コンサルティングという仕事は、「きちんとした前提の上に成り立つ」ものです。その前提部分を運用で細工されるのでは、コンサルティングは不可能です。届出をさぼったほうが優遇されるしくみなのに、きちんと届出をする意思をどうやって持たせられるのか? じゃあ放置してみてくださいと言えるか? 将来また制度が変わって、運用3号というような救済措置がなくなったら、届出をしないというのは最悪な選択になります。
「しなさい」とも「するな」とも言えない、かといって放置もできない。年金現場の方が途方に暮れるのもやむを得ないのかな、と思うのです。
結論はいったん保留に
当初はここで今回の話は終わる予定でした。
ところがさすがにこの運用3号の「正直者がばかを見る」となりかねない不公平さには世論の反発が日増しに強くなり、各所からの反対意見も噴出し、厚生労働省もそのまま突っ走ることができなくなり、「実際の運用についてはいったん保留」(2011年2月24日)ということになりました。その後、厚生労働大臣談話も出され、
「官房長官、総務大臣と意見交換を行うとともに、総務大臣からは、年金業務監視委員会委員長が遅くとも3月末をめどに同委員会としての見解を総務大臣に具申する考えである旨、報告を受けた」(2011年3月2日厚生労働大臣談話)。
ということで、政府として新しい救済策を模索する動きに入ったようです。運用3号がどのような結論になったかについては今後また触れていきたいと思います。
全く人騒がせな一連の流れですが、本当に年金は長い加入期間の積み上げであり、その間に生じた制度の不都合を是正するためある箇所をいじると、別のところに不都合が生じる可能性の高い極めて微妙な仕組みであることを再確認させられました。
2011.03.14
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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