第120回 なぜ在職老齢年金の調整がかかる
月末退職の不思議
60歳を過ぎ、年金の支給開始をされた後まだ会社で働かれている時、年金額と報酬の額に応じて年金額が削られたり、停止されたりするしくみ(在職老齢年金の調整)があるのはご存じかと思います。
さてこの在職老齢年金、月末退職(例えば8月31日退職)された場合はいつまで調整がかかるかご存知でしょうか。
答えは、もし8月31日に退職された場合、厚生年金の資格喪失は9月1日翌日ですが、9月までもが調整対象となります。
8月31日、ものすごく厳密にいうと8月31日の24時に退職で、翌日0時(24時と同じことですが)には既に資格喪失をしてしまいます。そうならば普通に考えて、9月は再就職でもしない限り、全期間被保険者ではないことになります。
それでしたら在職老齢年金の調整は9月はかからないかと思いきや、なぜかこの場合9月も在職老齢年金の調整がかかります。
そんな馬鹿なという風にお思いでしょうが、実際にそうなっているので仕方がありません。
「だったら前日8月30日に退職した方が良いのではないか」。誰でもそう考えます。
60歳前とは違ってメリットが大きい可能性がある
私は、年金を受ける前の年齢の若い方の場合、本来は月末の退職なのに1日早く辞めるという退職の仕方はお勧めしていません。
8月31日にお辞めになる場合を会社が8月30日とすれば「1ヵ月分保険料が控除されないからその分お得になるよ」
たまに、そういう風に従業員を説得し前日の退職を勧める会社があります。
確かに会社はそうすると保険料(厚生年金保険料および健康保険料)の事業主負担分1ヵ月分を免れることになり(8月30日退社の場合は7月分の保険料まで納付義務を負います)、その分得します。
もちろん従業員も従業員負担分の8月分の保険料は払わないで済みますから、会社も従業員も一瞬お得なのは事実です。
しかし、年金保険料は最後に自分の年金額として戻ってくるものです。
また保険料納付に必要な加入年数25年や、加給年金を受けるのに必要な20年の加入期間、あるいは44年の長期加入の優遇の特例の適用のこと、いろいろと考えると長く加入しているメリットが多いので、たとえ1ヵ月でも加入期間が短くなるのはマイナスになる可能性があり、できるだけ止めたい、つまり月末退職した方がいいと考えます。
月末1日前の退職は、従業員本人のメリットより保険料負担分が軽減する会社側メリットの方が多いのに、あたかも「あなた1日早く辞めたら保険料負担1ヵ月分(従業員負担分)得しますよ」というような説得方法はどうかな、と思う気持ちが正直なところです。
60歳を過ぎた場合は本人メリットが大きい場合も
ところが60歳を過ぎて年金が支給開始され、かつ在職老齢年金の調整がある場合は違います。
例えば、年金が10万円、給与が40万円で、年金が全額支給停止されている場合を考えてみましょう。
もし8月31日に退職した場合、9月分も在職老齢年金の調整対象となりますから、9月も年金額は相変わらず0円です。
ところが、8月30日に退職した場合、在職老齢年金の調整は、8月までしかかかりません。そうすると1ヵ月早く丸々10万円の年金を受け取ることができるようになります。
10万円対0円ですから、圧倒的に1日早く辞める方が有利です。もちろん1ヵ月分の保険料を納付しないわけですからその分の年金(退職時に再計算される)は少なくなりますが、10万円に比べるとその額はわずかですし、その分の自分が負担する保険料分も負担していないわけです。
1日違いで10万円の世界
前述したように60歳までは、「年金を増やすこと」を中心に据え、何の前提もない状態で退職日を相談された場合は「1日でも早くやめること」には反対します。
ところが60歳を過ぎて在職老齢年金の調整がかかっている場合は、上のように本人にも大きなメリットがある可能性が出てきます。
1日早く辞めれば10万円得する。
このような状況の場合では1日前に退職されることを強くお勧めすることになります。お勧めしなくても、どういうことになるか状況をきちんと説明すれば、まず間違いなく退職日は1日前にされることでしょう。普段の原則の「月末に辞めるな」と言ったことと完全に逆の結論になります。
ただし、60歳以降でも給与が低く、在職老齢年金の調整にかからない場合あるいは調整を受けてもカットされる年金額が僅かな場合は、やはり年金額を1ヵ月分だけでも増やすように、原則通り月末退職をお勧めします。
特に60歳を過ぎていらっしゃるわけですから年金増額は身近で切実な問題です。
在職老齢年金の調整がかかっている時の退職時期は状況に応じて結論がかなり違ってくる上に、その結論の影響も大きいいので、丁寧な聞き取りが必要になります。
2011.09.20
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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