第129回 安易な救済に走る年金制度への危惧
公的年金は「保険」が基本
保険というのは、保険料(掛け金)の納付と給付(保険金、給付金)の関係があって成り立ちます。この関係は、公的年金であっても、基本的には同じです。公的年金はその社会的な位置づけゆえ、保険料が払えない人の納付を猶予したり(免除制度、学生納付特例その他)、高い収入を得ている人に制限をかけたり(在職老齢年金、年収850万円を超える妻がいる場合には加給年金を付加しない等)、政策的な加減をされることもよくありますが、大元の出発点はこの保険の考え方にのっとっています。ここを大きく逸脱すると、年金が「ゆがんだ形」になってしまい、年金不信を増大させ、ひいては年金の持続性に問題を起こす事にもなりかねません。
最近の厚生労働省の姿勢
先日、私が参加した勉強会で、講師の方が「『納付と給付』という原則を本当に軽く見ているなあ、厚生労働省は。バランスを考えないなら社会保険ではなく、税方式でやれば良いのに」というため息に近い言葉を漏らしていて、それがとても気になりました。
というのも、この講師の方が、「厚生労働省がいかにも『救済をします』という姿勢を見せるけれど(実際に救済はしていますが)、そのやり方がかえって『年金不信を増大させている』のではないか」という点を指摘していたのです。
安易な救済措置の現実
昨今の年金の記録問題では、宙に浮いた年金がクローズアップされました。漏れていた年金記録は当然ながら回復されますが、その後、種々の問題が浮かび上がってきています。
年金は、基本的に積み上げ、つまり働けば働くほど、保険料を納付すればするほど受け取れる額が増えるというのが原則です。ところが、そうでない方もいらっしゃるのです。
たとえば、会社に働きに出て1ヵ月目にけがをして障害年金を貰った方の場合は、25年働いたとみなして年金額が計算されます。仮に初任給が20万円であったら、報酬は20万円で計算します。
ところが、この方に記録漏れがあり、入社前に他の会社で報酬12万円で働いていた記録が1ヵ月あった場合、報酬は(20+12)÷2で、16万円で働いたとみなされます。老後の年金であれば平均の報酬額が下がってもそれより加入期間の増加する影響が強く、単純に20万円で働いた年数+12万円で働いた年数の合計額で年金が出ることになります。ですから、記録が出てくることで増額になるのは間違いありません。
ところが、障害年金に関しては、働いた期間が1ヵ月追加されても加入期間は25年未満ですから、加入期間を積み上げて計算することにはなりません。この場合の年金額は、報酬額×300ヵ月(25年)で決まるので、「新たな記録がでてきたため、報酬の平均が下がることで年金額も下がる」ということになります。この辺は何度かお聞きになったことがあるかもしれません。
このような場合、申し出をすれば、当然、年金は下がってしまいます。しかし厚生労働省(旧社会保険庁、現在は日本年金機構)は、「この場合は窓口で年金額が下がることを説明し、何もしないで帰ってもらう(記録訂正の申し出がなかったことにする)」、という不思議な取り扱いをすることにしたのです。
確かにそのように取り扱えば、誤って高く計算された方の年金はそのままずっと継続することになります。しかし、そのお金はいったいどこから来るのでしょう?
保険からはみ出る例外部分は少なくしないといけない
当然ながら、年金の原資は、まじめに支払いをしてきた方々の保険料です。年金記録問題について全く責任のない人たちにとって、これではたまったものではありません。厚生労働省は、この連載の第107,108回で取り上げた、「運用3号」の制度でも同じような安易な救済をする予定でした。これでは、「年金にかかる不祥事は訂正し年金を増額します。また、本来なら減額になる方でも年金額はそのままという取り扱いにします。ただし、原資となるお金については、善良な方が支払う保険料で賄わせていただきます」と言っていることと同じです。
先ほどの講師の方の意見は、「保険料を払ったのに記録が漏れていた場合は、当然年金増額で対応すべきですが、例えば上記のような『本来もらえないものをもらえるようにする取り扱い』は、年金の会計とは別にするべき」という事でした。私もそう思います。
厚生労働省は不祥事が起きるたび、不手際があるたびに、すみませんと謝りますが、謝った後の処理(権利がない人への年金増額等の負担)は、自分たちの懐は痛まないような仕組みをとっています。後の処理に必要なお金は、国の仕組みですから、年金の会計から出ても別会計から出ても国民の負担という点では私たちにとっては同じです。ただし、別の会計でお金を捻出するには、「法案を作って、議員に根回しをして、出費増を嫌がる財務省を説き伏せて…」というような、大変な作業をしなければなりません。本来ならそれをしてでも年金財政の健全性は死守しなければならないはずです。しかし、そういった問題意識も持たず、自分たちに都合のよい安易な救済を行って、大盤振る舞いをすることでかえって年金財政を悪い方に向かわせているのに、「年金は安全だ」というのです。こうして考えてみると、講師の方の批判は、たしかに当たっているような気がします。
2012.02.13
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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