第26回 法律と実際の狭間
夫が死亡の場合はあちこちに説明があり簡単
一般的に何かを説明する際、形式上はできるけれど実質的にはできないということを理解してもらうのは大変なものですが、年金を説明している場合もそうです。
国民年金の遺族基礎年金は、子のある妻または子に支給されると書いてあります。
夫が死亡した場合、妻がいれば子どもへの年金はが支給停止になるため、全額妻にいき、妻がいない場合や受給の権利がない場合は子どもに支払われる。このあたりはテキストによく書いてある事例です。
妻が死亡した場合の国民年金は?
それでは、妻が死亡した場合はどうなるか?
妻が死亡した場合、夫が受給権者ではないことは法律ではっきりしています。夫が死亡した場合は残された母子に遺族基礎年金の権利が発生しますが、一般的には子が貰えず年金全額が母親に行く。だったら、妻の死亡の場合、父親に年金が行くかといえばそれは無い。じゃあ父がダメだから子供が遺族基礎年金を受け取れるかといえばそこが問題。
このとき、子に年金を貰う権利があったとしても、その子と夫(父)が生計を同じ場合には支給されまれません。普通の家庭では夫(父)が生計を同じくしている場合が殆どですから、結局、父子家庭の場合には何も支給されないというのが一般的な正解となります。このことを、法律的には子供の年金は支給「停止」されるといいます。
ところが、このことを正しく説明するのは大変です。法律上、「停止」というのは権利が無いのとは違う。夫婦の仲が悪く、妻の生前、夫が子供の養育を完全に放棄し、今後もそれが続くような場合なら、ちゃんと年金が出る可能性があります。父子家庭だからといって全部が全部、年金が支給されないわけではない。つまり、「一律に受け取れない」と断言はできないのです。
だから、「妻が死亡した場合は国民年金はでない」とは書きにくいし、「妻が死亡した時に遺族基礎年金が出る」可能性があるということを書くのはもっとまずい(出ない場合が圧倒的多数なのですから)。
それならば、「基本的に出ませんが、場合によっては出ますよ」と場合分けして書いたら?となれば、それもまたまた大変。どんどん文章の注釈や解説が長くなって、一体何を言いたいのか訳がわからなくなる。特に図表を多用し視覚的理解を促すようなタイプの年金の解説書で、ダラダラと書いてしまうのは一番よくないことです。
妻死亡時の厚生年金も説明が大変
妻が死亡した場合の夫の遺族厚生年金も説明が大変です。これは夫が55歳以上でないと権利が発生しない。しかも実際に出るのは夫が60歳になってから。でもサラリーマン期間の長い夫だと60歳になると自分の厚生年金が発生して、そちらの額が多いから当然自分の年金を貰うため、妻の遺族年金は関係ないという話になり、妻からの遺族厚生年金は権利が発生しても貰えないという結論がでてします。何か法律が意地悪をして男性については受取らないように受取らないようにしているようにみえてしまいますが、実際そうです。
この前の年金相談会でもこういう方がいらっしゃいました。いろいろと説明をしていると、ご主人が妻の死亡の遺族厚生年金証書を懐から出してお見せになった。でも残念ながらその方は既に37年の厚生年金加入期間があったので妻の年金は貰えない(自分の老齢年金のほうがはるかに高いので)。遺族厚生年金の証書は、妻が生前に厚生年金に加入して働いていたという記録の価値しか持たないのです。
一般的には、こういうケースが多く誤解を招くために、夫が死亡した場合の年金は事細かに説明しますが、妻が先立った場合の説明はいたしません。
でも、場合によっては、夫が自営業で国民年金の期間しかないというような場合であれば、妻の遺族厚生年金も受取るようなことも考えられる。その手続をしていないと、「年金の貰い忘れ」ということになります。
やはり個別対応に勝るものなし
年金は人それぞれに違うのですが、それを一般化して話をしたり、文章を書いたりするのは本当に困難が伴い大変です。紙面の都合もあり、全員のケースをカバーすることは不可能です。やはり年金については個別相談の重要性がとても高いのです。
2007.10.25
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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