第77回 高齢者の心理と年金からの保険料天引き(1)
天引きはお年寄りいじめ?
昨年の後期高齢者医療制度(長寿医療制度)実施の際は、“高齢者いじめだ”という声が上がりました。その理由の一つに「お年寄りの年金から保険料を天引きするのはけしからん。生活は苦しくなるし、まるで年寄りに死ねといっているようなものだ」という意見があったのを覚えていらっしゃる方も多いと思います。
賢明な読者の中には、「なんで?」と感じた方も多いと思います。実際、何人かの方から次のようなご意見をお聞きしました。
「保険料はいずれ支払わないといけないもの、天引きにしようが納付書にしようが、それは保険料の支払い方の問題であって、保険料の負担の重さとは関係ない。10万円の年金を貰い、その中から1万円の保険料を後日納付書で支払うものが、最初から9万円貰うことになるだけだろう。生活が苦しくなるわけではないし、なぜそんなに問題になるのか、よく分からない」。
私も同様に感じていたわけです。保険料を年金からの天引き制度にするということは保険料の払い方の問題であって、保険料そのものの負担のこととは関係ありません。いや、高齢者の保険料の納付忘れを防ぐという点では、ある意味お年寄りに親切な制度であるといっても(天引きをする行政の側からは口が裂けても言えませんが)言い過ぎではないかもしれません。
本質の議論でしょうか?
後期高齢者医療制度は、問題点がいろいろとあり、昨年大問題になったときに本質的な部分の議論を深めるべきだったのです。ところが悲しいかな、名前が気に入らない(確かにそうですが)とか、天引きが気に入らないとか、ちょっと的外れと思える議論も多々ありました(天引きのことは保険制度の本質的内容ではないですよね。国民健康保険は天引きじゃなくて、後期高齢者医療制度は天引きが必要である理由はありません。事実、後期高齢者医療制度の導入と同時に65歳から75歳の人の国民健康保険についても天引き制度が導入されましたが、なぜか“後期高齢者医療制度=天引き=けしからん=廃止”という不思議な議論の前提が独り歩きしました。天引きがけしからんのなら、後期高齢者医療制度の制度内容は変えず、保険料を納付書での納付にしてしまえばいいだけの話です)。
あまり理解なさっていない高齢者ならともかく、政治家をはじめ、理解力が高いと思われる人たちの中に多く、かつ、かなりその論調がかなり強力だったことは正直大きな驚きでした。
年金の支給額はそんなに下がっていますか?
「年金は毎年どんどん減っている。本当に将来どうなるんだろう」と危惧されるお年寄りもたくさんいらっしゃいます。
確かに、世代により年金は「90歳の人と80歳の人と70歳の人とを比較する」と、より高齢の方のほうが支給額は多く、給付水準は縮減傾向にあります。しかし、その人自身の年金に限っていえば、振り返って厚生年金制度ができてか67年間で、年金額が今までに下がった唯一の例外は平成12年から14年までの3年間だけ、しかもその額も1.7%にすぎません。つまりほぼ一本調子で支給額は増えてきたのです。
と、そういう方に説明するときょとんとされます。「でも現実には大きく下がっているでしょう」と。
いや、大きく変わってしまったのは、年金額から天引きされるものが増えてきたことです。今年はじめの段階で、「所得税」「介護保険料」「健康保険(長寿医療制度の保険料)」が天引きされています。
さらに、年金額については所得税について老年者控除が廃止され、公的年金控除の額も減らされていることにより源泉徴収額が一時期増えたりしました(その後所得税に関して住民税への税源移管もあり、また変わっているのですが)。
そういう天引き額の変動により、額面支給額はあまり変わらないが手取額が減ったということですが、それを高齢者は「年金が減ってしまった」と思いこみ危惧されることになるようなのです。
2009.12.14
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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