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知ってビックリ!年金のはなし
第89回 繰上げ支給を勧める人々
 
なんでそこまで
  この前の年金相談会でのことです。
  もうすぐ60歳になられる女性が相談に来られ、「ご近所のお友達に、しつこく『国民年金の繰上げ支給』を勧められている」とのこと。
  お友達とはいえ他人の年金のことなのに、それはもうしつこくて大変なのだそうです。会うたびに「やりなさい、やりなさい」と。
  揚げ句の果てには、「私が年金事務所に車で送り迎えしてあげるから、年金を繰り上げてもらおう」と言われたのだそうです。「一体どうしたらいいんだろう?」ということでした。
繰上げ受給をした人は繰上げを他人に勧める傾向がある
  ここからは、データがあるわけではなく全く私個人の感想ですが、繰上げ支給をした人は「周囲の人を同じ繰上げの仲間に引き入れようとする」傾向があるようです。
  繰上げ支給はいいことばかりではありません。いや、長生きしてしまうと不利になる可能性が高く、客観的にみてお勧めできる制度ではありません。
  繰上げの損得の話は何回も聞かれたと思いますが、65歳から貰う年金を60歳からだと30%減額で(繰上げは60歳に限定されませんのでご注意ください)貰う制度です。よく言われるように総受給額が逆転するのが76歳8カ月、それより前に亡くなれば、繰上げ選択が正解、それより生きると失敗ということになります。
  男性より長生きである女性については統計資料で計算すると5年繰上げ(60歳受給)で不利になる確率が86%、有利になる確率が14%です。残念ながら選択が失敗する確率がとても高いのです。この確率は普通の人はご存じないにしろ、自分の周囲を見ればいまどき77歳を超えている女性は珍しくなく、それまでに亡くなる人より多いのは容易にわかります。だから繰上げても「やらなきゃよかったな」の後悔のリスクが常についてまわります。
なぜ周囲に勧めるか
  それなのになぜ繰上げの請求をした人が周囲の人を引き込もうとするのか。もちろん、65歳から貰える年金を前倒しするから「体の動くうちに旅に出よう、だからそんな仲間を増やそう、繰上げは人生を楽しむいい制度だ」と信じている人もいらっしゃいます。
  しかし、それ以外に「自分だけでなく繰上げ仲間を増やそう」という心理的な側面があるのが見逃せないと思います。
  「自分だけ、損をするのはたまらない」
  だから、同じ繰上げ仲間を増やそう、そうすればもしお互いが長生きして損をするようになっても「お互いが一緒に繰上げたのだから仕方がないよね」と慰めあえると考える。
後悔しない選択を
  相談を受けていると、繰上げを周囲から勧められている人、思いのほか多いのです。さすがに「車で連れて行ってあげる」とまで誘われている人は少ないですが。
  相談を受ける側としては、「あなたの年金ですから、周囲に振り回されずあなた自身で判断してください」というのが基本的立場です。しかし心の中では、「これからの老後人生のことですから、本当にそれでいいんですか? 不利になる可能性が大ですよ、周囲の人なんかいい加減なことしか言わないんだから気を付けてくださいね」と、きつい言葉で言いたくなります。
  繰上げを強引に勧める人の中には、「年金制度なんか近い将来、崩壊するから」と自信満々に周囲を説得する人もいます。しかし聞けば「年金の本1冊すら読んでない」程度の人も普通です。それで、なぜそこまで年金崩壊論を自信満々に周囲に言えるのかよくわかりませんが、その程度の知識なのです。
  でも、勧誘は強引です。繰上げはくれぐれも後悔しないように。後悔している人が本当に多いですよ。特に周囲に強引に勧められている人は用心です。
2010.06.14
執筆者:桶谷 浩
[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。

2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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