第93回 悩ましい日本在住外国人の年金加入(1)
厚生年金に加入していない
つい先日、社会保険労務士のAさんから電話がありました。Aさんのクライアント先に関する話なのですが、その会社では、日本での労働ビザの発給が容易な日系の外国人をある程度の人数、雇用されているのだそうです。
ところが、その会社で働く外国人の方について「厚生年金に加入させていない、これはどうしたものか?」、電話の中身はそういうことだったのです。
外国人でも基本として強制加入
日本国内にいる外国人については国籍の分け隔てなく、日本に住んで日本の会社で働けば(観光のような短期の方、社会保障協定がある場合以外は)厚生年金に加入する義務があります。前述の、Aさんが関わっている会社の取り扱いは、社会保障協定もない国でしたので法律的には明らかに違法です。
ただそう一律に法律論だけで言い切れるほど話は簡単ではありません。
経営者がいろいろと検討し、「損をする可能性が高い」と考えた結果、そんなことであれば「保険料として納めるより、その分給与を上積みしたほうがいい」と思うことからでた行動なのです。
これはどういうことでしょうか? ちょっと簡単に見てみましょう。
標準報酬月額30万円で5年間日本で働いていた外国人のケースで見てみます。
外国人は脱退一時金が貰えます
短期滞在の外国人は、日本を離れるときに厚生年金の脱退一時金というお金を貰うことができます。もうこれから日本にはいなくなり、年金に必要な受給資格期間(25年)を満たす可能性もない。だから将来年金が貰えない。それなのに、今まで一方的に保険料を支払ってばかりというのもいかがなものか、そこでとりあえずそれまでの保険料納付状況で精算して、いくらかでもお金を戻してあげる仕組み、と考えていただいて結構です。
◎脱退一時金額は
平均標準報酬額×支給率{(保険料率×1/2)×被保険者期間月数に応じた数}
で計算します。ここで「被保険者期間月数に応じた月数=3年以上」は、何年働いても36カ月(3年)で固定です。
※なお保険料率は毎年違いますのでここでは15.35/100を使いました。
受け取る脱退一時金 |
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300,000× |
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(7.675/100) |
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×36 |
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=約828,900円 |
納めた保険料(本人負担分) |
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23,025× |
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60カ月(5年) |
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= 1,381,500円 |
あまりお得ではないので払いたくないのもわかりますが
上記の通りざっと5年働いたとしてみて、納めた額と貰える額(138万円払って83万円貰う)がずいぶんと違い、払い損になるのが明白です。
短期の出稼ぎ感覚で、将来日本に骨を埋める気持ちのない外国からの労働者にとって、「こんな不利な年金ならば、入りたくない」という気持ちもわからないではありません。これは外国人うんぬんではなくて年金の仕組みの問題です。逆の立場(日本人が外国に出かけたとき、その国の年金が同じような仕組みであった場合)でも同じ考えを持つでしょう。
そして、保険料を折半する経営者として「会社のコストとなる年金保険料をなるべく支払いたくない」と、外国人と同じことを考えるはずです。
大抵の社長さんは法律通りに保険料を支払っていますが
企業にとって、従業員を雇うコストが安ければ安いほどいいのは当然です。人件費である労働保険料(労災や雇用保険)や社会保険料(健康保険や厚生年金保険)は安ければ安いほどよいのです。
日本人の中にも、もちろん年金なんかいらないなんて思っている人もいますが、中高年を中心に将来の備えとしてきちんと社会保険「健康保険や厚生年金」に加入してほしいと思っている方もいらっしゃいます。だから経営者としても自制も利きます。
ところが前述のような外国人労働者の場合、ドライに「年金なんかいらない」という考えで、会社への忠誠心も低いとなると自制も薄くなりがちで、しかも「保険料を払わない方が会社経営にとっても有利」という現実が重なると経営者の気持ちがフラリと傾く可能性もあります。
何かあったとき(例えば従業員が休日に交通事故で死亡した場合に、未加入だと遺族年金が支給されないので大問題になる)には会社の責任問題になりますし、大抵の場合はそんな誘惑に打ち勝っていらっしゃるのでしょうが、なかなか悩ましい問題です。
2010.08.16
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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