第96回 高齢者の所在不明と現況届
所在不明の高齢者の問題
所在不明の高齢者の問題が世間を騒がせています。この問題は、生涯支給される公的年金とは切っても切れないものです。まだまだ実態の詳細は分かりませんが、今回は所在不明の高齢者の問題と年金について、現時点の情報で考えてみましょう。
年金の勉強を始めたころの疑問
年金を勉強し始めたころ、「所在不明」の問題が気になりました。年金は、生きている間は支給される。そうすると所在不明者に対しても延々と支給されるのではないか? と。
ところがそのとき年金を教わっていた講師の人に、
「年金を貰うためにはね、毎年「現況届」という書類を提出するんですよ。現況届が出されないと年金は一時差し止めになります。現況届の返信用はがきは現住所に送付されるのですから物理的に所在不明者が返信をするのは無理。所在不明者に年金が支給されることは基本的にはあり得ません」。
「現況届」は簡単に言うと、国(共済)からの「生きていらっしゃいますか?」というご機嫌伺いに対して「生きていますよ」という返事をするものです。この返信がないと、年金は一時差し止め(支給しないのではなく、実態が分かるまでいったん支給を止め、確認できたら止めた分を支給する)になります。
現況届はいらなくなった
ところが、その現況届がある時期からいらなくなりました。
住民ネットで住民票コードを利用し、生存を確認するようになったのです。平成18年当時の社会保険庁の説明に記載があります。
「これまで年金受給者の皆様の現況確認については、年1回、現況届(はがき形式)を提出していただく方法によって行っていましたが、年金受給者の皆様の手続きの簡素化や事務処理の効率化を図る観点から、住基ネットを活用して現況確認を行うこととなりました。これにより、現況届の提出が原則不要となります」
このこと自体は進歩でした。ただし、年金をもらい始めた60代、70代ならまだまだ元気で、年に1回現況届のはがきを返信することくらい簡単だという方が多いでしょう。ところが、年齢を重ね80代、90代になると、「そんな用紙来たかなあ?」というような状態になったり、返信をしたつもりですっかり忘れていたり、うまく字が書けなくなったり、状況が全く分からなくなったりする方も増えてくるはずです。そんな状態になって現況届を提出していないと突然、年金の支給が止まり、本人や周囲が大慌てをすることになる。こういうことが回避されただけでもずいぶん進歩したはずですし、前述の社会保険庁の説明のとおり、お役所としてもはがきを送るコスト、返送されたはがきを整理する事務コスト、事務効率化的にも大きく寄与したと思います。
現況届原則廃止の基となっているもの
ところが、住民コードで住基ネットを利用して生存確認をする場合、その前提として住基ネットの情報が正しいということが必要になります。そもそもその内容が間違っている(死亡届が出ていない)と、どうしようもありません。そして戸籍にせよ住民票にせよ、現在は届け出主義(本人側からの届け出により処理される)ですから、例えば死亡したのに死亡届が出されなかったら、ずっと生きたままの扱いとなります。現状では原則として本人側の届け出を待つしかありません。
不正の意図がある場合は今後も困難かもしれません
今回の問題で、「年金不正受給があるのではないか?」という疑いが浮上してきました。
しかし、意図的な年金不正受給は防ぐのが相当に困難です。今後も解決は難しいでしょう。
住基ネットを使った場合、死亡届が出ていないと年金は支給されますし、現況届を出す旧来の形でも、本人に代わって書類を偽造返信してしまえば年金は受給できます。郵送されてきた現況届が本人の筆跡か本人の印鑑なのかなど、役所で分かりません。
実際に年金を受け取っている家庭1軒1軒を訪問調査するくらいしか完全な不正の防止はできませんが、これはコスト的に厳しい(最近の高齢者の調査は、100歳以上という極めて少ない人数で、しかも世間が大騒ぎしているから調査ができたのだと思います)です。
不正意図は見抜けないにしても
しかし不正の意図を持ったものは見抜けないにしても、何らかのチェック体制の強化は今後必要でしょう。
そういう点では、ある一定年齢の方に現況届の復活ということも意味を持ちます。悪意のある者の不正受給は前述のように防げませんが、住基ネット利用と違い、「ここにいて生きています」ということを返信させるプレッシャーだけでも、悪意の不正受給を防止することができるかもしれないからです。
具体的にはどういう対策を取るのか。今後も成り行きを見守っていきたいと思います。
2010.09.13
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執筆者:桶谷 浩
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[経歴・バックグラウンド]
大学卒業後、生命保険会社に勤務その後退職し、学習塾等に勤務
2001年社会保険労務士として独立開業
2002年FP登録(AFP、後CFPに)
現在、公的年金を中心に据え、成年後見・介護制度を併せて、広く老後の生活設計を考えるというテーマで、相談業務、講演、執筆など活動中。
2007年4月に合同会社電脳年金を立ち上げ。
[保有資格]
社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、行政書士
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