>  今週のトピックス >  No.1093
石川県グループホーム殺人事件に判決
〜介護現場に衝撃を与えた事件の“深層”〜
●  検察の求刑通り懲役12年の判決
  今年2月、石川県かほく市の認知症グループホームで、職員が入居者を殺害するという事件が発生した(本欄「今週のトピックス」No.997参照)。この事件は発生当初から介護現場に大きな波紋を投げかけ、介護保険で定められたグループホーム職員の勤務体制や認知症ケアに対する研修不備の実態など、この半年間に様々な議論を巻き起こしてきた。
  その事件に対する判決公判が去る8月10日、金沢地方裁判所で開かれ、被告である28歳の介護職員に対して懲役12年(求刑懲役13年)の判決が言い渡された。
  4月に開かれた初公判からこの裁判を傍聴してきたが、その過程において頭を巡ったことを整理したい。
●  事件の概要と争点
  まず、事件の概要を簡単に紹介しよう。事件当日、被告は一人で夜勤を担当。その晩、被害者である女性入居者(当時84歳)が「寒い」と訴えたので、被告は石油ファンヒーターをつけた。だが、つけるたびに被害者はヒーターを足で揺らして消してしまう。腹を立てた被告は、被害者の近距離からヒーターを数十分当て、結果、熱傷性ショックで死亡させた。直後に被告は遺書を残して自殺を図ったが、未遂に終わっている。
  裁判では、被告が熱風を当てている間、「(被害者が)死ぬかもしれない」と認識していたかどうかが争点となった。最終的には、未必の故意を全面的に認めたうえで、「社会全体にグループホーム不信など大きな影響を与えた」点が考慮され、ほぼ検察側の求刑通りの判決になったと言える。
  被告には、職を転々としてきた経歴や、正職員を希望していたのに叶えられず、夜勤のみの非常勤で不安定な地位にあったこと、家庭では自分の不安定な立場を父親になじられたことなど、ストレスを抱え込みがちな状況にあったことが明らかになっている。だが、そうした事情を鑑みても、「入居者および家族にしてみれば最も信頼すべき介護職員に殺される」という事実は重い。介護の社会化そのものが揺らぎかねないという点で、懲役10年以上の判決は妥当と言えるだろう。
●  事件が突きつける“若者の就労環境”の問題
  そのうえで、あえて考えるのは、「これは特殊な事件なのか」という点だ。夜勤体制や研修体制の問題を言っているわけではない。むしろ、若者全体の就労環境というもっと広い問題が背景にあるような気がしてならない。
  全国的に失業率が改善し、若者の正社員採用が伸びているという。だが、それは主に都市部の話で、地方ではむしろ若者の失業率は悪化し、正社員から非常勤への労働力移動も依然としてとどまっていない。
  高齢者介護、中でも認知症ケアの現場というのは、他の職業以上に豊かな対人能力と奥行きのある人間性が求められる。そうした現場において、ともすると自分の将来や夢を見失いがちなまま、若い世代が職員として数多く入ってくる。彼らは表面的には大人しく真面目であっても、心の内側ではひずみがどんどん大きくなっている可能性もある。これは大きなリスクと言えるだろう。
  未曾有の高齢社会を迎える日本では、年金や医療、介護といった制度改革の論議が熱を帯びている。だが、高齢社会の支え手という点で考えなければならないのは、むしろ若い世代の雇用環境や職業教育のあり方という方向性なのかもしれない。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2005.08.29
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