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石川県グループホーム事件のその後
〜控訴審で見えてきた介護現場の“異常”〜
●  故意から一転、「仮眠をとっていた」と控訴
  05年2月にさかのぼるが、石川県かほく市のグループホームにおいて認知症の入居者が夜間に自室で死亡するという事件が発生した。当初、警察は「当日夜勤に就いていたM職員が死亡した入居者にヒーターを当てて殺害した」として、事件後に睡眠薬を飲んで自殺未遂を起こしたM職員を逮捕。その後この職員は起訴され、一審の裁判で殺人罪による懲役12年の実刑判決を受けた。
  過去の記事(No.1093)でも触れた事件であり、当時は一審判決を受けて「なぜ被告は“殺人”を犯したのか」というポイントから、現在の介護現場が抱える問題を掘り下げようとした次第である。
  だが、一審判決の後、被告は「ヒーターを故意に当てた」ことによる殺害を一転して否認。「ヒーターをつけた後に仮眠をとってしまい、気づいたら被害者が死亡していた」のが事実であるとして控訴した。一方、被告の過酷な勤務状況が明らかになるにつれ、一審判決の懲役12年は重すぎるとして、全国から減刑を求める嘆願署名が7,000近く集まった。
  筆者は一審判決の直後に、この事件を「殺人」と表記してとある新聞のコラムで取り上げた。その際、被告を支援するグループの人から、「本人が供述内容を否認している」という旨の連絡をいただき、以後名古屋高裁金沢支部における控訴審の傍聴に足を運んだ。
  弁護側としては、「被告の取調べは本人が睡眠薬自殺を図った直後の、意識が十分でない状況で行われ、警察側が誘導尋問に近い形で供述を引き出した」こと、「被告は介護という職業に高い志を持ち(母親も看護師である)、極めて真面目な性格で、ストレスをためていたとはいえ、被害者を殺すなどという動機は乏しい」ことなどを主張し続けた。
●  介護現場が抱える極度のプレッシャー
  事件経過の真相はともかく、自分が今回の裁判で気になったのは、裁判官と被告との間で交わされた以下のようなやりとりである。
裁判官「事実と異なるのであれば、なぜ検察の調書にサインをしたのか?」
被告「ホーム側から夜勤中に仮眠を取ることは禁じられていた。これに反して仮眠をとってしまったことを隠したかった」
裁判官「でも、サインをしたら殺人を認めたことになる。それよりも『仮眠の事実』を隠す方が重要だということなのか?」
被告「当時は『どうなってもいい』という感覚だったので、冷静な判断ができなかった」
  いくら当時の精神状態が正常でなかったとはいえ、自分が殺人犯にされることよりも、「事業所の指示に従わなかった」ことの方が重大という判断をさせてしまう状況。ここに、今の介護現場が抱えがちな底深い問題が潜んでいるように思えてならない。
  被告は認知症対応はおろか、介護の技術そのものについてまったく素人だったにもかかわらず、採用されてすぐにたった一人で夜勤のみを担当することになった。極度のプレッシャーと、それを解決する十分なスキルもなければ頼れる同僚もいない。そうした不安定な環境下で「ホーム側の掟が何よりも絶対」という心理状況に陥ってしまうというのは、介護現場の過酷な状況を知っていれば容易に想像できる。つまり、被告のような心理状況は、すべての介護現場において起こりうることを示すといえるだろう。
  控訴審判決は9月28日に予定されており、その判決を控えた8月27日に、この事件を考えるシンポジウムが金沢市内で開催される。シンポジウムのタイトルは「あれは自分ではなかったか」というものだ。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.08.14
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