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オーストラリアの認知症ケア(後編)
〜生活という視点からケアの質を評価〜
  前回紹介した通り(→前回の記事はこちら No.1325)、オーストラリアの認知症ケアにおいてはDTという手法が取り入れられ、主に施設入居者への介護の質を大きく左右している。そして、これを制度的な側面から支えているのが、高齢者施設介護評価認定機関による評価システムである。
●  オーストラリアのDTの制度的側面
  この評価認定機関は民間法人による第三者機関ではあるが、連邦政府によって任命された監査人によって構成されている。評価を受けた施設には「認定証」が交付され、それを施設訪問者の目に届く位置に掲げることが義務づけられている。施設への補助金なども、この認定結果に左右されるという。
  注目すべきはこの評価の中身である。日本の場合、施設の指定基準といえばハード面や人的配置基準など、数字面の基準クリアが前提になるケースが多い。これに対し、オーストラリアでは環境や経営の基準と同列に、施設内のケアの中身が評価を左右する重要なポイントとして掲げられている。
  「ケアの中身」というと、日本では「口腔ケアが行なわれているか」とか「薬物管理や医療的ケアは適切か」、「排泄ケアについて効果的なマネジメントがなされているか」という具合に、健康やADLの維持・改善という点にスポットが当てられがちである。
  オーストラリアの場合は、上記のような項目に加え、「入居者それぞれの文化的・精神的バックグラウンドを尊重しているか」とか「本人の自由意志に基づくアクティビティ等を奨励しているか」、「本人の感情面に対するサポートがきちんと行なわれているか」など、生活の質(QOL)についてかなり踏み込んだ評価を行なっているのが特徴だ。
●  要介護者への客観性のある対応のために
  こうした要介護者の感情面や生活の質に関する評価というのは、何をもって客観的基準とするかというスケールの構築が難しいため、ともすると監査人の主観によって評価が左右されるという危惧を生みやすい。そこで、前回述べたダイバージョナルセラピー(DT)が重要な意味を持ってくるのである。
  例えば、要介護者へのアクティビティの提供や感情面のサポートを行なう場合、DTにおいては、(1)協会の統一基準による事前のアセスメント(2)アセスメントを根拠とした実践、(3)実践によって得られた結果をモニタリング(評価)し、(1)のアセスメントの改編へとつなげるという流れをとっている。
  つまり、現場の属人的な判断に任せるのでなく、DTを通じての客観的なシステムが確立しているのだ。
●  現場への反映
  ちなみに、このシステムの精度を示す事例として、施設内で定期的に実施される「ソーナス」というアクティビティを見学することができた。これは音楽を聴く、歌う、アロマテラピーによって香りを楽しむ、花を愛でる、おやつを食べる、(私たちのような)見学者とふれあう、という行為を、約15分間という短時間の間に同時に行なうというものだ。つまり、人間のあらゆる感覚を同時に、集中的に刺激するという狙いである(もちろん、本人の自由意志を尊重するのが前提なので、参加したくないという人に無理強いはしない)。
  実はこのソーナスは、その人がどのような刺激に対して、どのような反応を示すかをアセスメントする機会にもなっている。事実、そこに参加したDTは要介護者へのエスコート役を務めつつ、一人ひとりをつぶさに観察し、その状況を専用のアセスメントシートに記入する。そして、その人が生活の質を高めるうえで最も効果的なアクティビティプログラムの構築に活かしているのである。
●  日本の問題点
  日本の場合、医療・看護面のケアに比べ、「その人がいかに幸福感を享受できるか」をテーマとした生活面のケアについては、未だにスタンダードな手法が確立されているとは言いがたい。その突破口として、オーストラリアのDTから学ぶべきものは非常に大きいと言える。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.11.06
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