>  今週のトピックス >  No.646
またも先送りされた特養ホームの株式会社参入
〜総合規制改革のトーンダウン〜
● 株式会社の2年以内参入の可能性が遠のく
  「今週のトピックス」No.606において、「特別養護老人ホームの民間参入が2年以内に実現することになる」と述べた。ところが、6月12日に経済財政諮問会議に提出された『経済財政運営と構造改革に関する基本方針』では、株式会社による特別養護老人ホーム経営の全国展開について、「特区での公設民営方式などの状況を見て、さらに検討」という文言になっている。このトーンダウンは、結局のところ「先送り」と解釈していいだろう。
  トーンダウンした背景には、やはり厚生労働省の意向がある。今回の規制改革案は、規制改革会議事務局と関連省庁との事前折衝が下敷きになっている。今回、厚生関係の規制緩和において、もう一つの目玉であった「株式会社による病院経営」も同様にトーンダウンを余儀なくされている。厚生官僚側の抵抗がいかに激しかったかが垣間見える。
  日本の福祉行政の世界では、株式会社という文言が相当に嫌われている。せんだっても、ある自治体で株式会社が在宅介護支援センターに参入しようとしたが、結局役所の認可が下りなかったという事例を耳にした。すでに、その会社は地域医療システムの確立において多大な実績を残している。しかしながら、お役所の言い分は「前例がない」という決まり文句を繰り返すだけで、高齢化が進む地域社会に対応するため、既存の地域資源をどう生かすかという発想はまるで見られない。
● 財政面での危機的な状況を打開する改革が求められる
  今回の規制緩和に抵抗する厚生労働省が、同様の決まり文句として唱えているのは「株式会社は株主の利益を最優先するから、人件費コストを下げるためにサービスの質が無視される」という理屈である。
  この理屈がいかに説得力に乏しいかは、前述の「今週のトピックス」No.606ですでに述べた。そもそも、医療や福祉といった人の身体と健康を取り扱う現場においては、サービスの質の低下は「生命にかかわる事故」に直結しやすい。ひとたび事故が起これば、これほど株主の利益を損なう事態はないわけだから、経営側は細心の注意を払わざるをえない。つまり、既得権益に守られた医療・社会福祉法人や自治体に比べれば、サービスの質を担保する第三者評価はむしろ機能しやすいことになる。
  そうでなくても、頻発する医療事故や、社会福祉法人による目を覆いたくなるような現場の労働環境の劣悪さ(せんだって、サービス残業を強いたことによる全国初の逮捕者を出したのも社会福祉法人だった)を見れば、「株式会社だからサービスの質が低下する」という理屈のむなしさを実感するだけである。
  すでに特別養護老人ホームをはじめとする介護保険施設は、財政悪化の根源として、社会保障関連の審議会などからは「家賃にあたるコストを一律に入居者から徴収すべき」という大合唱が起きている。つまり、国が税金で支えきれないのであれば、劇的な運営改革を図らない限り、国民に多大なコスト負担を強いることになると、厚生労働省自らが認めざるえない状況にあるということだ。
  こうした危機的な実態を隅において、足元の「痛み」だけを先送りする理屈は、自分で自分の首を絞めているに等しい。せめて、2005年の介護保険制度改正をタイムリミットとして設定するくらいの英断が求められたはずである。
(介護・福祉ジャーナリスト  田中元)
2003.06.30
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