>  今週のトピックス >  No.678
医師の臨床研修制度が変わる
〜「人を診る」医療の一里塚になるか〜
●  平成16年度から地域医療における臨床研修が必須に
  頻発する医療ミスや、いわゆる「ドクハラ」(ドクターハラスメントの略。医師が患者に対して言葉の暴力を行使するというもの)が社会問題になる中で、医師に対する患者側の不信が深刻化している。根本には、「人を診ずに、病気を診る」という患者不在の医療観が、医師側にまん延しているという問題がある。これを払しょくできるかどうかは、医師の教育制度改革にかかっているといってもいい。
  その突破口の一つになりそうなのが、来年度から実施される医師の臨床研修制度である。
  従来、臨床研修を受けることは努力義務にとどまり、研修医を受け入れる側の病院も、臨床研修に関するプログラムが適切に機能しているとは言い難かった。医師の研修といえば、大学病院を中心とした高度専門医療に関するものが中心となり、「研修よりも研究」という色合いが強くなる。そのため、地域医療など、患者の実生活に密着した医療が提供されにくいという弊害を生んできた。
  こうした弊害を克服すべく、平成12年に医師法が改正され、医師の研修制度に対して36年ぶりにメスが入ることになった。法改正を受けて、厚生労働省は「医師臨床研修制度を検討するワーキンググループ」を設置し、特にプライマリ・ケア(患者の生活圏に近い場所で提供される医療)の充実を主テーマとする研修制度の抜本的改革を進めてきた。
  プライマリ・ケアの充実という点で注目されるのが、地域医療の現場における臨床研修が必須になった点だ。当然、大学病院という狭い世界で完結する教育システムだけでは成り立たず、ローカル立地の診療所のほか、老人保健施設や保健所といった「住民の暮らしと健康」を引き受けるさまざまな施設が、研修の舞台として広がってくることになる。
●  医師の人材教育ができてこそ新制度が機能する
  「今週のトピックス」588で福祉先進国・デンマークの実情を報告した際、「ホームドクター」といわれる地域密着型の医師の存在が、在宅医療・介護をスムーズに進める切り札である旨を述べた。仮に、日本でこの制度を導入しようとすると、地域住民が「健康」に関してどのような課題やニーズを抱えているのかを的確に把握できる人材が数多く必要になる。大学病院という枠に閉じこもらず、地域医療の実情にいかにふれるかがポイントになるわけで、その意味で今回の制度改正が大きな一里塚になることは間違いない。
  すでに、地方の大学病院が離島や過疎地の診療所と連携しながら、研修医の受け入れを行うといった動きを見せ始めている。地域の実情に応じたさまざまな研修プログラムが出そろえば、志のある医師の卵が、人材難に悩む地域へと積極的に飛び込んでいく基盤にもなる。
  ただ、新しい研修制度に課題がないわけではない。地域医療の現場では、看護師のほか、介護職やソーシャルワーカーなど、さまざまな職種といかに連携をとるかがカギになる。彼らと同じ目線に立って、いかにチームとして機能させていくか。今まで「先生」とあがめられることを当然としてきた感覚では、とても医師としての務めをなしえない。つまり、チームワークという視点に立った人材教育がセットになってこそ、初めて新研修制度が機能していくことになりそうだ。
(医療・福祉ジャーナリスト  田中 元)
2003.08.25
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