>  今週のトピックス >  No.581
看護師等によるALS患者の在宅療養支援
〜分科会がいよいよスタート〜
  いま、厚生行政における最もホットな話題は何か。構造改革特区における株式会社の医療経営への参入やサラリーマンの医療費3割負担も大きなトピックだが、目立たないところでALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の在宅療養支援の問題が、非常に大きな展開を見せている。
  背後には、在宅療養システムと療養・介護にかかわる専門職のあり方という深い問題が横たわる。わが国の厚生行政を覆すかもしれない点では、この問題をマスコミが大きく取り上げないのが不思議でならない。
  問題の焦点は「在宅ALS患者の痰の吸引」にある。ALS患者やその家族からなる日本ALS協会が、昨年11月、「介護職(ホームヘルパー)による痰の吸引を認めて欲しい」という要望を提出。坂口厚生労働大臣も、前向きに検討するとの見解を出した。この一連の動きは、今週のトピックス532でも紹介した通りである。
  そして2月3日、厚生労働省内において、この問題に関する第一回の分科会が開かれた。名称は「看護師等によるALS患者の在宅療養支援に関する分科会」となっているが、「介護職による痰の吸引を認めるか否か」が論点となっているのは間違いない。
  この問題については、当初から看護職と介護職の間における職権争いの様相を呈することが予測されており、案の定、第一回の分科会から両者の対立は鮮明になった。
  対立の構図を整理するとこうだ。痰の吸引は「医療行為」にあたるため、医師・看護師のほか、その指導を受けた家族しか行うことが許されていない。本来であれば、訪問看護師が頻繁に訪問して、痰の吸引等に十分携われるようにするのがスジであろう。
  だが、現実はといえば、訪問看護師の数は圧倒的に少なく、週3回程度の訪問がやっとという状態。ALS患者の痰の吸引は約30分に1回のペースで行うことが必要で、これに照らせば「週3回」など話にならないことが分かる。つまり、家族にかかる負担はとてつもなく大きいのだ。
  そこで、ヘルパーなどの介護職に対する期待が高まる。確かに「ALS患者の痰の吸引」は合併症などを引き起こす危険があり、看護職側はその点を問題にして、安易なヘルパー依存論にクギを刺す。むしろ、訪問看護体制の充実が先という考え方なのである。
  一方、患者や家族側は、ヘルパーに一定の研修を義務付けた上で、「痰の吸引」を可能にして欲しいと考える。そもそも家族ができることなのに、専門職であるヘルパーができないのはおかしいという考え方が背景にある。
  現在まで、分科会は3回開かれているが、両者の溝は深い。看護と介護の職権が絡むという点において、職域団体同士のメンツや感情的対立に陥っている感がある。患者や家族の立場としては、4月からの障害者支援費制度(今週のトピックス556)に合わせてガイドラインを築きたいのが切実な願いだろうが、現状では間に合いそうにない。
  だが、感情的対立はあるにせよ、いままで日本の看護と介護は、職権のあり方について意見を戦わせる場はほとんどなかったと言っていい。「雨降って地固まる」の言葉もある。ともかくも第一歩を踏み出したという点で評価していいのではないだろうか。
(医療・福祉ジャーナリスト 田中 元)
2003.03.11
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