>  今週のトピックス >  No.597
介護先進国デンマーク(後編)
〜負担と給付の関係を支えているもの〜
  デンマークの国民は、収入の5〜6割を税金として徴収される。それに加えて消費税は25%で、一見、国民の負担感は強いように感じられる。
  しかし、医療・介護・年金に関しては、日本のような社会保険制度ではない。財源はすべて税収であり、加えてホームドクター(今週のトピックス588)にかかる費用と在宅介護に関するサービスに支払う自己負担がない。また、高齢者住宅の家賃は、年金生活に関して15%程度の負担で済む。これらを差し引いた上で比較すれば、日本もデンマークも国民負担の差はそれほど大きくはない。
  社会保険制度については、負担と給付の関係が比較的明確で国民が納得しやすいというメリットがよく指摘される。では、社会保障が税金でまかなわれるデンマークではどうなのか。案内役をしてくれたデンマーク人の1人は、「確かに現役世代の負担は大きいが、今の負担が自分や家族の将来を支えるものだということを理解しているから、負担感はそれほど感じない」と語っていた。
  この言葉には、負担と給付の関係が誰の目にもクリアになっている背景が感じられる。あらゆる社会サービスの提供主体が、コムーネ(日本の市町村に当たる)であり、身近なので市民が監視しやすいという事情もあるだろう。
  だが、行政側が市民のアクセスを積極的にサポートしている点も見逃せない。例えば、コペンハーゲン市では市長の諮問機関として「高齢者アドバイスフォーラム」がある。これは、介護サービスに関して、直接利用者や現場の専門職の声を吸い上げて、具体的な政策に反映させていくというものだ。
  日本では、秋田県鷹巣町のワーキンググループ活動が市民の権利意識を高めているという事例がある。しかし、全体的に見れば、利用者とサービス提供者がネットワークを組んで、行政の一機関を担っていくという風土はなかなか根付いていない。
  ところで、利用者の権利意識が高まると、必要のないサービスまでも使ってしまい、結果として財政危機を招く、という指摘がよくなされる。介護保険制度をはじめとして、厚生労働省が「利用上限額の設定」に躍起になるのも、この意識があるからだ。
  デンマークでは、利用者が本来必要のないサービスを要求する場合、介護チームのリーダーが利用者宅に赴いて、「必要はない」ということを詳細な理由とともにはっきり告げる。日本でこれをやれば「行政は冷たい」という批判を浴びるだろう。デンマークでそうした声が少ないのは、日ごろからサービス利用者と提供者の間に密接なコミュニケーションがとれていて(今週のトピックス593)、信頼関係が築かれているからだろうか。
  デンマーク訪問の最中、保育所を視察することができた。そこで驚いたのは、幼児にオムツ交換が必要になると、幼児は棚に入ったオムツを自分で取り出し、それを持ってオムツ交換台に取り付けられた階段をはって登っていくことだ。その間、職員は手を貸さない。
  職員が幼児を抱え上げたり、無理な高さでオムツ交換を続ければ、腰を痛める職員も出てくる。それを防ぐために、幼児自身がオムツ交換に必要な条件を整えるよう、しつけが行われているのだ。日本人にとっては異様な光景かもしれないが、「サービスを受けるのなら受ける側なりの負担を」という思想が、幼いころから植え付けられているのが分かる。
  デンマークの社会保障制度が、国民の意識レベルで支えられていることを痛感する光景だった。
【介護ホーム内のダンスシーン】
介護ホーム内のダンスシーン
(医療・福祉ジャーナリスト  田中 元)
2003.04.08
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