急速な物価上昇。懸念される高齢者の栄養

田中 元
2022.05.12

3月の物価指数は前年同月比1.2%上昇
 為替市場での「円安」が止まらず(5月4日時点)、今年に入ってからのウクライナの情勢も相まって、輸入品の価格上昇などにともなう消費者物価の上昇も顕著になってきた。総務省統計局のデータによれば、2022年3月の消費者物価指数は、前年同月比で1.2%上昇。それ以前の1、2月の前年同月比は1月が0.5%、2月が0.9%。それぞれの比較対象となる前年(2021年)1月から3月までの指数の推移は、2020年を「100」とした場合の水準とほぼ変わりはない。それゆえに、今年に入っての物価上昇がいかに著しいかがわかる。

 3月の数字で注意したいのは、生鮮食品を除く上昇は0.8%にとどまっている点だ。この状況から、生鮮食品については先の1.2%よりもさらに上昇している可能性が高い。つまり、家計へのダメージは「食費」にもっとも大きな影響を及ぼしていると推測できる。
高齢者の食費支出にも大きな影響が!?
 そうした中で懸念されるのが、高齢者の栄養状態だ。2019年に厚労省が実施した「国民生活・栄養調査報告」(2020、2021年はコロナ禍のため実施されず)によれば、低栄養状態(※1)の者は65~79歳は6%台だが、80歳以上で9.2%、85歳以上で13.9%へと急上昇する。低栄養は、筋肉量や筋力の低下(サルコペニア)に直結しやすく、転倒や骨折など要介護につながるリスクも増大する。

 この低栄養状態を防ぐには、特に肉や魚などのたんぱく質を中心とした栄養摂取が不可欠だが、ここに食材費の高騰が影響しやすくなる。内閣府が2019年に実施した「高齢者の経済生活に関する調査」によれば、「過去1年間の大きな支出項目(複数回答)」のトップは「食費」で59.4%。2位が「光熱水道費」、「保健・医療関係の費用」がともに33.1%なので、食費にかける比重の高さがうかがえる。

 それだけ支出の比重が高いとなれば、節約志向が反映されやすい項目とも言える。高齢者の場合、若い世代と比べて概して活動量が低くエネルギー消費量も少ない。そのため、1回の食事量や回数そのものを減らすという行動につながりやすい。そうなると先に述べたたんぱく質の摂取量も減ることになり、筋肉量や筋力の低下にともなう要介護リスクが高まりやすくなる。今回の物価高が、介護費・医療費などを増大させ、そのしわ寄せから食費をさらに減らすという悪循環にもつながりかねない。
※1…
低栄養状態とは、BMI値(体重÷身長の二乗で算出)が20以下。統計学的に要介護や死亡リスクが有意に高くなるとされる。
低栄養リスク防止に向けた多様な取組み
 折しも厚労省は、近年の介護保険制度において低栄養リスクを防ぐためのマネジメントに力を入れ始めている。たとえば、新たに稼働した介護保険のデータベース(LIFE)に、利用者の栄養状況にかかる情報を詳細に提供することを報酬上の評価の対象とした(※2)。

 具体的な情報としては、先のBMI値のほか、体重減少率、血清アルブミン値など。また、管理栄養士によるエネルギー・たんぱく質の必要摂取量の設定や、実際の摂取量なども対象となっている。こうした設定・測定を一定期間ごとに行なうことで、低栄養リスクの早期発見にもつなげる目的がある。

 こうした介護保険上の取組みはまだスタートしたばかりだが、先のような物価高による食費の節減という傾向が強まれば、高齢者の栄養改善に向けた施策などは今後も拡大していくことになりそうだ。全国各地には、日本栄養士会が運営する栄養ケア・ステーション(2020年7月時点で344か所)があり、介護・医療などの多様な機関と連携する他、地域住民を対象とした栄養教室なども開催している。こうした機関の役割の拡充や社会的な周知なども含めた施策の展開が期待される。
※2…
特養ホームなどの施設では「栄養マネジメント加算」、デイサービスなどの通所系では「栄養アセスメント加算」などが対象。
参考:
田中 元(たなか・はじめ)
 介護福祉ジャーナリスト。群馬県出身。立教大学法学部卒業後、出版社勤務を経てフリーに。高齢者介護分野を中心に、社会保障制度のあり方を現場視点で検証するというスタンスで取材、執筆活動を展開している。
 主な著書に、『2018年度 改正介護保険のポイントがひと目でわかる本』『《全図解》ケアマネ&介護リーダーのための「多職種連携」がうまくいくルールとマナー』(ぱる出版)など多数。
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