病院での認知症ケア、これからどうなる?

田中 元
2023.06.15

「医療側の処置」も認知症の症状に影響
 認知症については、治療薬開発のニュースなどは出るものの、承認薬としての実用化はまだ先となりそうだ(※)。そのため、現状での医療の役割は「認知症の診断」を行なったうえで「進行を抑える薬を処方する」こと、あとは「本人が穏やかに生活する」ための環境整備やケアを介護サービスが担う──というイメージが一般には強いのではないだろうか。
ちなみに、エーザイ製の認知症新薬レカネマブについて、米国のFDA(食品医薬品局)の諮問委員会が、本承認を指示する意見をまとめたと報道された。米国で本承認となれば、わが国で承認される可能性も高まってくる。
 だが、実際の認知症の人の支援において、上記のような単純化した「医療と介護の住み分け」だけでは、その人らしい穏やかな暮らしを実現することは難しい。ポイントは、医療と介護の「住み分け」ではなく、両者による「切れ目のない連携・協働」にある。

 たとえば、本人の生活のしづらさや家族の介護負担を増やすのが、混乱や妄想などのいわゆる行動・心理症状(BPSD)だ。これを穏やかにするうえで介護によるコミュニケーション等のケアも有効だが、本人に対する持病や体調の管理も欠かせない。持病にかかる服薬や水分補給・栄養状態の管理などが適切に行なわれないことが、先のBPSDの悪化に結びつきやすいことはよく知られている。
入院医療における認知症ケアのポイント
 つまり、本人の体調という要素が大きくかかわるとなれば、当然「医療側の処置」がどれだけ適切に行なわれているか、行なわれた処置ついて「医療と介護の情報共有」がいかに図られているかが問われることになる。

 こうした対応がもっとも重視されるのが、本人の持病悪化やケガにより手術等の入院治療が必要となる場面だ。手術等の侵襲性が高い治療が行われる場合、認知症でない人でもせん妄(※)などが生じることがある。認知症の人だと、身体へのダメージや急激な環境変化によってBPSDが著しく悪化しやすい。
せん妄…注意力や理解力、記憶力などが一時的かつ急性的に低下する状態。
 そのため、診療報酬でも入院医療機関に対して「認知症ケア加算」が設けられている。精神科・神経内科等で一定の経験を積んだ専任医師を配置したり、専属の認知症ケアチームを設置し、認知症ケアにかかるマニュアルを作成するなどが要件となっている。介護との連携でも、情報共有しやすい窓口となる。

 ただし、医療側の処置で注目したいポイントが身体的拘束だ。身体的拘束は、対象者の尊厳を損なうことはもちろん、心身に多大なダメージを与えることで生活機能を大きく低下させ、認知症のBPSD悪化にも直結する。こうしたことから介護分野では原則禁止され、違反している場合は報酬減算が適用される。
医療側の「身体的拘束」が社保審でも課題
 だが、医療の一般病棟では、こうした禁止規定はなく拘束の有無は現場の判断に委ねられる。ちなみに、先の認知症ケア加算の要件では、「身体的拘束を必要としないような環境を整えること」や「身体的拘束を行なうか否かは複数の職員で検討すること」も要件とされてはいる。ただし、この要件も「現場判断」という点からは抜け出ていない。

 実際、厚労省のデータでは、認知症ケア加算を算定している医療機関でも身体的拘束の実施は約3割を占め、やや増加傾向にある。術後の点滴管理等を適切に行なううえで「やむを得ない」事情があるとはいえ、その結果として認知症の症状が悪化した状態で介護側に移るとなれば、先に述べた医療と介護の連携・協働もなかなかうまくは行かない。

 こうした課題を受け、4月に開かれた厚労省の社会保障審議会では、医療側でも「さらなる身体的拘束の予防・最小化」が行なえる余地がある点が指摘された。2024年度は診療報酬・介護報酬の同時改定となるが、認知症を軸とした両者の連携充実の重要テーマとなる可能性が高い。注目したい論点といえる。
田中 元(たなか・はじめ)
 介護福祉ジャーナリスト。群馬県出身。立教大学法学部卒業後、出版社勤務を経てフリーに。高齢者介護分野を中心に、社会保障制度のあり方を現場視点で検証するというスタンスで取材、執筆活動を展開している。
 主な著書に、『2018年度 改正介護保険のポイントがひと目でわかる本』『《全図解》ケアマネ&介護リーダーのための「多職種連携」がうまくいくルールとマナー』(ぱる出版)など多数。
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