老後資金の必要額

森 義博
2025.03.03

「2,000万円問題」から6年
 「老後必要資金2,000万円」―― 皆さんのご記憶の中には、どのようなカタチで残っているでしょうか。今から6年前の2019年、夏から秋にかけて度々メディアが取り上げて大きな話題を集めました。21年秋に公開された天海祐希さん主演の映画『老後の資金がありません!』にも当然登場しています。15年に発行された原作本には勿論出てこないくだりですが、映画では主人公が観ているテレビ番組の中で、某有名FPが「2,000万円」を力説していたと記憶しています。

 「2,000万円」という金額の大きさと端数なしの憶えやすい数字は、実にインパクト絶大。それだけに、金額の根拠を伴わずに「2,000万円」だけが独り歩きしていることが少々心配でした。そうした中、今年1月末に放送された林修さんがMCの番組では、「2,000万円」の成り立ちも含めて必要老後資金についてさまざまな角度から解説していました。ご覧になった方は「2,000万円」の意味を再確認できたことと思います。
「2,000万円」の出所
 「老後必要資金2,000万円」の意味をおさらいしておきましょう。

 「2,000万円」の出所は、金融審議会市場ワーキンググループが2019年6月に公表した「高齢社会における資産形成・管理」と題した報告書です。そこには「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1,300万円~2,000万円になる」と記されています。このように、この報告書に記載された年数には幅があり、したがって不足総額も一律ではないのですが、最長期間の30年分の不足額に相当する「2,000万円」が報道されて、独り歩きを始めたというわけです。
「不足額」をめぐる留意点
 前出の番組でも触れられていましたが、「2,000万円」という金額には留意点がいくつかあります。特に注意を要するものを二つ。

 一つ目は、対象が「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯」(高齢夫婦無職世帯)である点です。配偶者には勤労収入があってもこの世帯に含まれるので、勤労収入の平均はゼロではありませんが、ほぼ年金のみの世帯と言えるでしょう。65歳を過ぎても働けば、不足額は当然減っていくわけで、前出の番組でも、「老後も働けば貯蓄できるので、65歳時の貯蓄額は0円でも問題ない」といった極端な意見を述べるFPがいました。

 二つ目は、「毎月の不足額の平均は5万円」が、総務省統計局が毎年公表している「家計調査年報(家計収支編)」の2017年だけの数字だという点です。表1のとおり不足額(実収入-実支出)は常に変動しており、コロナ禍の時期を除いても、30年間の累計額には1,000万円程度のブレが生じます。
 ちなみに、今年2月7日に公表された2024年の速報によると、月平均の不足額は34,400円。30年分の総額は1,238万円になります。端数をまるめて「1,200万円」……ちょっとインパクトに欠けますかね。

 このように、データをとる時期によって不足額は大幅に揺れます。前出の番組内でも林修さんが言っていたように、「2,000万円という金額に振り回される必要はないが、この発表が、多くの人が老後資金に関心を持つきっかけになった」ことには意味があると思います。
出所)
総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)」(各年)をもとに作成
年金だけで生活できるか
 ところで、高齢夫婦無職世帯の実収入の9割以上は公的年金ですし、前出の「貯蓄0円でも問題なし」も勿論、公的年金収入があることが前提です。

 ダイヤ高齢社会研究財団が2021年秋に50代と60代の正社員と定年経験者を対象に実施したアンケート調査で、「現在のあなたの世帯の家計の状況から考えて、仮にあなたの収入が公的年金だけだったら、暮らし向きはどうだと思いますか。」という質問をしています。年金世代である65歳~69歳の回答は表2のとおりです。

 年金の種類が厚生年金だということを念頭に置く必要がありますが、実際に年金生活を送っている無職者を含め、男性の6割ほどが、少なくとも日常生活費程度は賄えると回答しています。女性の場合は5割に届いていませんが、私は公的年金に対する評価が思っていたほど低くないと感じました。皆さんはどうご覧になりますか。
参考:
森 義博(もり・よしひろ)
公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団 シニアアドバイザー
CFP®、1級FP技能士、1級DCプランナー、ジェロントロジー・マイスター
1958年横浜市生まれ。大学卒業後、国内大手生命保険会社入社、2001年から同グループの研究所で少子高齢化問題、公的年金制度、確定拠出年金、仕事と介護の両立問題などを研究。2015年ダイヤ高齢社会研究財団に出向し研究を継続。2024年4月から現職。
趣味はピアノ演奏と国内旅行(とくにローカル鉄道)。

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