新型コロナをめぐる介護現場の軋轢

田中 元
2021.02.25

厚労省が発したサービス拒否の不当事例
 2月16日現在、なお10都府県で緊急事態宣言が継続中だ。その宣言の延長直後の2月8日、厚労省から自治体向けに、感染拡大下の介護サービスにかかる通知が発出された。

 内容は「新型コロナウイルス感染症に係る在宅の要介護(支援)者に対する介護サービス事業所のサービス継続について」というもの。これは、介護事業者による「サービス提供拒否」が発生していることを受け、拒否事案が不適切であることを周知したものだ。

 この場合の「拒否」の具体的ケースとは、以下のようなものだ。
① 
ある地域(東京など)で感染が拡大している
② 
その地域から家族等が利用者のもとを訪れて接触する
③ 
②の利用者へのサービス提供を拒否する
 決して、本人が感染したわけでも、濃厚接触者となったわけでもない。こうしたケースでは、厚労省令が規定する「サービス提供を拒否する正当な理由」(※1)には当たらない。今通知では、その点を強調しつつ、感染防止対策を徹底したうえでサービス継続を求めている。
事業者としては、拒否に傾きがちな事情も
 確かに、上記のようなサービス拒否は省令違反であり、明らかに不当と言わざるを得ない。一方で、事業者側の立場からすれば、そうした対応はとかく生じうるものでもある。

 たとえば、コミュニティの狭い地域では、「あの家で(感染者の多い)東京から家族が帰省してきた」という噂などは広がりやすい。それにともなう(感染リスクにかかる)風評が事業所に及ぶ可能性もあり、そうなれば事業所も拒否対応に傾きがちとなる。

 感染拡大地域からの来訪者と接触するだけで、こうした通知を発せざるを得ない中、実はさらに厄介な事案もある。やはり厚労省が昨年12月25日に発した通知では、本人が新型コロナに感染して入院、その後に「退院した」というケースについて示されている。
 その通知は、「退院患者の介護施設における適切な受入れ等について」というものだ。内容としては、厚労省通知(※2)で定められている退院基準を満たしているにもかかわらず、介護施設で受入れを拒否することは、これも「正当な拒否理由には当たらない」としている。
「退院した人の受入れ」という高ハードル
 退院基準にあたるということは、「病原体を保有していない」ということであり、その点では確かに「受入れ拒否の正当な理由」とならないのは明らかだ。問題は、その退院基準の中に「(PCR・抗原定量の)検査を不要」としているケースもあることだ。

 このケースに該当するのは、以下のとおり。有症状者であれば、「発症日から10日間経過し、かつ、症状軽快(※3)後72時間を経過したケース」。無症状者であれば「検体採取日から10日間経過したケース」となる。いずれも、国が示す退院基準では「検査不要」となる。

 これは国内外の知見にもとづくもので、通知内では「PCR検査が陽性であっても感染性は極めて低くなっているので、退院は可能」とも述べている。だが、このことがどこまで一般の人々に周知されているだろうか。「新型コロナで入院した人が、10日ほどで施設に戻ってきた」となれば、先に述べた「感染拡大地域から来訪した家族等と接触した」といったケースがもたらす風評の比ではないだろう。

 ちなみに、厚労省は、退院基準を満たした高齢者の「介護保険施設での受入れ」を促進するため、2月16日付けで「受入れ施設に対する介護報酬の上乗せ」の特例(※4)まで示している。受入れが進まないことに対する厚労省の焦りが受け取れる特例といえる。

 巷では、依然として真偽定かならぬ情報も飛び交っている。そうした中、国としても介護現場との間に生じがちな軋轢をどうするかについて、情報発信の方法についてもていねいな対応を考える必要があるだろう。
※1 
現行制度上、各サービスの基準省令において、正当な理由なくサービスの提供を拒否することはできないこととされており、解釈通知において、提供を拒むことのできる正当な理由がある場合とは、①当該事業所の現員からは利用申込に応じきれない場合、②利用申込者の居住地が当該事業所の通常の事業の実施地域外である場合、その他利用申込者に対し自ら適切なサービスを提供することが困難な場合とされている。(令和3年2月8日厚生労働省老健局「介護保険最新情報Vol.920)
※2 
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律における新型コロナウイルス感染症患者の退院及び就業制限の取扱いについて」(令和2年2月6日厚生労働省健康局結核感染症課長通知)
※3 
解熱剤を使用せずに解熱しており、呼吸器症状が改善傾向である場合をいう。(厚生労働省「退院基準・解除基準の改定」)
※4 
「新型コロナウイルス感染症に係る介護サービス事業所の人員基準等の臨時的な取扱いについて(第18報)」(令和3年2月16日厚生労働省老健局)
田中 元(たなか・はじめ)
 介護福祉ジャーナリスト。群馬県出身。立教大学法学部卒業後、出版社勤務を経てフリーに。高齢者介護分野を中心に、社会保障制度のあり方を現場視点で検証するというスタンスで取材、執筆活動を展開している。
 主な著書に、『2018年度 改正介護保険のポイントがひと目でわかる本』『《全図解》ケアマネ&介護リーダーのための「多職種連携」がうまくいくルールとマナー』(ぱる出版)など多数。
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