高齢者の多剤服用の弊害対策について

田中 元
2021.05.13

新型コロナ禍でも強調される、高齢患者の「もう一つの課題」
 高齢者の医療上の重要課題といえば、現状では何より新型コロナウイルス感染症への対応だろう。重症化しやすい高齢者に対する医療現場での集中的な感染対策は、高齢者医療のあり方を大きく揺るがしている。

 こうした中、国が高齢者医療について強く打ち出す課題がもう一つある。それが「高齢者の薬物療法にかかる安全対策の推進」だ。これについて、2021年3月31日、厚労省は「病院における高齢者のポリファーマシー対策の始め方と進め方」というガイドラインを示した。「ポリファーマシー」とは、薬物有害事象のリスク増大等につながる状態のことだ。

 高齢者は代謝機能が衰えているため、薬物の最高血中濃度の増大や体内からの消失の遅延が起こりやすい。そのため、さまざまな薬物有害事象の症候(薬物起因性老年症候群)が現れやすくなる。主な症候には、ふらつき・転倒、記憶障害、せん妄、抑うつ、食欲低下、便秘、排尿障害・尿失禁などがある。
6種類以上の処方数で、有害事象の頻度が増大する!?
 ちなみに、薬物有害事象は薬剤数にほぼ比例して増加する。たとえば、6種類以上になると有害事象の頻度が一気に上がるというデータもある(※)。つまり、多剤投与によるリスク増大が指摘されるわけだ。

 ただし、「減らせばいい」というものではない。十分な医学的評価が伴わない減薬は、疾病の症状悪化などを引き起こしかねない。だからこそ、取り組みに際しては確かな医学的知見に基づくガイドラインが必要になる。

 こうした視点で、厚労省は2017年に「高齢者医薬品適正使用検討会」を設け、先の「始め方と進め方」のガイドラインに至るまで数年かけて議論を進めてきた。その間、2018年には「高齢者の医薬品適正使用の指針」の総論編を、2019年は各論編を出している。

 しかし、実際の医療現場で取り組むとなると、院内の医師の理解や組織内連携のあり方に左右されやすい。新型コロナ対応などに追われる現状では、ポリファーマシーにかかる検討時間をとれないといった課題もある。今回の「始め方と進め方」は、そうした実務面での対応に焦点を当てたものと言える。
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」(日本老年医学会)より
https://jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/20150427_01.html
診療・介護報酬での対応も取り組みの質評価の方向へ
 ここで気になるのが、診療報酬上の評価だろう。たとえば入院時のポリファーマシーに対する取り組みとして、薬剤総合評価調整加算がある。これは入院前の処方薬について処方の内容を総合的に評価・調整し減薬につなげることを評価したものだ。ただし、先のように「減らせばいいというものではない」という観点からすれば、「減薬」が目的化してしまうことには大きな問題がある。

 そこで、2020年度の診療報酬改定では、以下のように評価区分が分けられた。①薬剤の総合的評価と処方変更した場合の留意事項の多職種による共有をまず評価し、②そのうえで内服薬を2種類以上減らした場合を評価するという2段階評価のしくみである。これにより、減薬前にきちんと総合評価を行うという前提を重視したことになる。

 これは、介護報酬側も同じで、具体的には介護老人保健施設の「かかりつけ医連携薬剤調整加算」のしくみが、2021年度改定で見直された。同加算の場合見直し前は「1種類以上の減薬」が要件だったが、これを①処方内容の変更可能性についてかかりつけ医と情報連携を行う、②そのうえで「1種類以上減薬する」という具合に、やはり2段階評価に組み替えている。

 患者側としても、医療・介護現場の双方で、こうしたポリファーマシー対応の質向上が目指されていることを頭に入れておきたい。
田中 元(たなか・はじめ)
 介護福祉ジャーナリスト。群馬県出身。立教大学法学部卒業後、出版社勤務を経てフリーに。高齢者介護分野を中心に、社会保障制度のあり方を現場視点で検証するというスタンスで取材、執筆活動を展開している。
 主な著書に、『2018年度 改正介護保険のポイントがひと目でわかる本』『《全図解》ケアマネ&介護リーダーのための「多職種連携」がうまくいくルールとマナー』(ぱる出版)など多数。
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