精神障害の労災認定、コロナ禍で医療・介護分野急増。
今後の対策は?

田中 元
2022.11.28

 産業構造が急速に変化する現代社会において、就業者へのメンタルヘルス対策は喫緊の課題となっている。「業務による心理的負荷を原因とする精神障害(うつ病や不安障害など)」に対しては一定基準にもとづいて労災認定が行われているが、上記のような社会情勢の変化を踏まえ、厚生労働省は認定基準の検討を随時行なってきた。現在、新たな認定基準に向けた専門検討会が開かれているが、どのようなテーマが議論されているのだろうか。
これまでの労災認定基準の見直しの流れ
 まず、直近での改正の経過をたどってみる。2019年5月に労働施策総合推進法が改正され、2020年6月からパワーハラスメント(以下、パワハラ)防止対策が法制化された。これに先がけ、同年5月に「パワハラ」を「業務による心理的負荷評価表(労災認定に際しての評価表)」に追加。それまでも「上司や同僚等からの嫌がらせ、いじめ、暴行」は評価対象だったが、ここに法律上で定義づけられた「パワハラ」の具体的事例(例.他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など)がプラスされたことになる。

 さらに、2020年8月、上記の評価表に「複数業務要因災害」が加わった。たとえば、異なる事業の間で業務上の出来事が複数ある場合、心理的負荷の強度を(複数業務を通じて)全体で評価するというものだ。昨今、労働者による複数企業での副業などが緩和されつつあるが、やはりこうした現代的な状況を加味した見直しということになる。
今議論されているのは認定の迅速・効率化
 そして、現在議論されているのが、「認定の迅速化・効率化」を図るための認定要件の考え方や心理的負荷の評価のあり方についてである。というのも、労働者を取り巻く環境が変化している中、精神障害による労災補償の請求件数が年間2000件を超えてきたからだ。たとえば2019年度は2060件、その10年前の2009年度は1136件なので約1.8倍となっている。こうした請求の増加により、2020年度の平均処理期間は8.5カ月に。半年以上待たされるとなれば、うつ病や不安障害に置かれた労働者には非常に厳しい状況だ。

 ちなみに、2020年度の請求件数は2051件で前年度とほぼ同じだが、支給決定件数は前年度の1586件から1906件と約2割増となっている。決定件数の増加は、先の複数業務要因の評価が明確になったこともあるが、もう1つ思い当たるのは新型コロナウイルスの感染拡大ではないか。
医療・福祉分野の認定は2020年度に倍増
 実際、コロナ禍で業務上の負荷がもっともかかりやすい業種である医療・福祉分野において、2020年度の支給決定件数が前年度から倍増し、それまでトップだった製造業の1.5倍にまで膨らんでいる。

 コロナ禍での医療や介護、福祉の従事者の業務負担の大きさは、メディア等でよく語られている。だが、精神障害による労災認定という客観的な数字を目の当たりにすると、改めてその深刻さが実感できるだろう。

 いずれにしても、定期的な感染拡大が続く中、今後も医療・福祉分野の(精神障害による)労災認定は高止まりの状態が続く可能性が高い。コロナ禍という事情で認定されやすいとしても、さらに請求件数が増えていけば「認定待ち」の従事者が一気に増えかねない。国民の命と健康を守る職種であるゆえに、事態は深刻だ。認定のさらなる迅速化に向けた議論がどう進むか、大いに注目される。
田中 元(たなか・はじめ)
 介護福祉ジャーナリスト。群馬県出身。立教大学法学部卒業後、出版社勤務を経てフリーに。高齢者介護分野を中心に、社会保障制度のあり方を現場視点で検証するというスタンスで取材、執筆活動を展開している。
 主な著書に、『2018年度 改正介護保険のポイントがひと目でわかる本』『《全図解》ケアマネ&介護リーダーのための「多職種連携」がうまくいくルールとマナー』(ぱる出版)など多数。
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