遺族厚生年金と老齢年金の繰下げについて

三角 桂子
2025.09.18

 老齢年金の受給は原則65歳からですが、受給開始を遅らせて受け取る年金額を増やす「繰下げ受給」の制度があります。ただし、現在の制度では、65歳になる前に遺族厚生年金の受給権を得ている場合や、老齢年金の繰下げ待機中に遺族厚生年金を受け取ることができるようになったときには、以降の老齢年金の繰下げはできなくなります。

 これが2025(令和7)年の法改正により、施行日(2028(令和10)年4月1日)の前日において、遺族厚生年金を受け取る権利を有していない、もしくは遺族厚生年金を受け取る権利を有していても請求をしていない場合、老齢年金の繰下げ請求ができるようになります。また、老齢基礎年金については、遺族厚生年金を請求しているかどうかにかかわらず、繰下げ請求が可能になります。
配偶者の遺族厚生年金
 具体例を挙げて説明します。Aさんは62歳で、妻は60歳。子どもはすでに成人し独立しています。しかし、妻が脳梗塞にて突然他界。Aさんは亡くなった妻の遺族厚生年金を受け取ることができると聞き、年金事務所に相談に行きました。

 遺族厚生年金は要件を満たした家族に支給されるもので、Aさんは遺族厚生年金の受給要件を満たしています。妻は大学を卒業してから子どもが生まれるまでの約10年間、正社員で就業していました。計算式にあてはめると(亡くなった人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3)、Aさんが受け取れる遺族厚生年金は年額約12万円でした。

 一方、Aさん自身は60歳の定年を過ぎても継続して働いています。大学を卒業してから継続して厚生年金保険に加入し続けているため、直近のねんきん定期便では、老齢基礎年金は満額支給、老齢厚生年金は約170万円となっています。

 Aさんの会社は希望すると70歳まで働けることから、Aさんは65歳からの年金受給を繰り下げようと考えています。しかし、遺族厚生年金を65歳になるまで受け取ると、65歳からはAさん自身の老齢厚生年金の受給額の方が多いため、遺族厚生年金は全額支給停止となります。さらに、支給停止とはいえ遺族厚生年金の受給権は残ったままとなってしまうため、Aさんは繰下げ受給も選択することができないのです。
法改正で繰下げ請求が可能に
 先の例のとおり、遺族厚生年金を受け取る権利を有した場合、これまでは老齢年金の受給を繰り下げることはできませんでしたが、法改正により、今後は要件を満たせば老齢年金の受給を繰り下げることが可能になります。

 2028(令和10)年4月からは、遺族厚生年金の受給権を有していたとしても、遺族厚生年金の請求をしなければ老齢厚生年金の繰下げ請求が可能となります。さらに、老齢基礎年金は遺族厚生年金の請求の有無にかかわらず、繰下げ請求ができるようになります。ただし、年金制度は複雑ですので、不明点がある場合は、年金事務所や専門家に相談することをおすすめします。
参考:
三角 桂子(みすみ・けいこ)
社会保険労務士法人エニシアFP 代表社員
FP・社会保険労務士

大学卒業後、公務員、専業主婦、自営業、会社員、シングルとあらゆる立場を経験し、FPと社会保険労務士として開業し、5年目に法人化(共同代表)。
FPと社会保険労務士の二刀流を強みに、法人・個人の労務、年金の相談業務やセミナー、執筆など、幅広く行っている。
常に自身の経験を活かし、丁寧な対応を心がけ、生涯現役に向かって邁進中。
法人名はご縁(えにし)に感謝(ありがとう)が由来。

公式サイト https://sr-enishiafp.com/

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