在職老齢年金の支給停止基準額引き上げ

森 義博
2026.03.02

「在老」の基準額が65万円に
 2026年4月、在職老齢年金(在老)の支給停止基準額の引き上げが実施されます。2025年度の51万円から26年度は65万円ですから、14万円の大幅引き上げです。これまでは賃金(月給と年間賞与の12分の1の合計)と年金(厚生年金の1か月分)の合計額が51万円を超えると、年金の一部(または全部)が支給停止になっていましたが、4月以降は65万円までは年金が満額受け取れることになります。

 在老の内容を簡単に表現すると、一般的には「1か月分の賃金と年金の合計が〇〇万円(基準額)を超えると、超えた分の半額、年金がカットされる」となります。用語の厳密性はともかくとして、特に注意したいのは、ここで言う「年金」は厚生年金(報酬比例部分)だけだということです。したがって、1か月分の賃金と厚生年金の合計が基準額(65万円)を超えた分の1/2が厚生年金の月額より大きいと、厚生年金はゼロになってしまいますが、基礎年金が減額されることはありません。「収入が多いと年金が全然もらえなくなる」は誤解です。また、加給年金がある場合は、在職老齢年金が支給される限り、それも満額受け取れます。具体的には図表1をご覧ください。
図表1 4月以降の在職老齢年金の支給額
基本月額(*1)
+総報酬月額相当額(*2)
調整後の年金支給月額
※基礎年金、加給年金は別途全額支給
65万円以下 全額支給
65万円超 基本月額-(基本月額+総報酬月額相当額-65万円)÷2
(*1)
基本月額:老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額 (※ 基礎年金、加給年金は含まない)
(*2)
総報酬月額相当額:(当月の標準報酬月額)+(当月以前1年間の標準賞与額の合計)÷12
「在老」は世界でも珍しい制度
 在老は「現役世代の負担が重くなる中で、報酬のある者は年金制度を支える側にまわってもらうという考え方に基づく仕組み」です(厚労省第21回社会保障審議会年金部会資料「在職老齢年金制度について」より)。

 所得再分配の仕組みのひとつと理解している方も多いと思いますが、この考え方はどうやら世界標準というわけではないようです。厚労省の資料にはアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスについて、在職者の年金給付の取り扱いが掲載されていますが、4か国とも支給開始年齢以降は在職者の年金減額はありません(繰上げ受給の場合のみ在職者の減額規定がある国があります)。年金保険料を支払ってきたことによる権利は、働いているからといって奪われることはないということでしょうか。
「在老」は一時期なくなったことも
 公的年金は退職後の生活を保障する制度という位置づけで、本格的な年金制度が創設された1954年当時、在職中の人への年金支給はありませんでした。しかし、高齢者の賃金は総じて低く、それだけでは生活が苦しい場合が多かったので、1965年に65歳以上の在職者への支給(一律8割支給)が始まりました。その4年後には60代前半の支給も始まり、以後何度も見直しがなされてきました。

 その中で興味深いのが1985年。本格的な高齢社会の到来に備え、公的年金制度を長期にわたり健全で安定的に運営する基盤の確保を目的とした改正です。全国民共通の基礎年金が導入されたのがこの時ですが、同時に厚生年金の被保険者の上限年齢が65歳と定められました。それを踏まえて、厚生年金の被保険者ではなくなった65歳以上は在老の対象外となり、年金は全額支給となりました。その後、現役世代の負担軽減の観点から2000年の改正で60代後半、04年の改正で70歳以上に在老が復活するまで、10数年にわたり満額支給の時代があったのです。

 2020年の改正により、2022年4月にそれまで支給停止基準額が非常に低かった60代前半の在老が65歳以上と同一ルールになりました。その時点の基準額は47万円。その後、毎年徐々に基準額が引き上げられ、25年は51万円。ここまでは名目賃金上昇の反映でしたが、今回の引き上げは趣旨が異なります。日本年金機構のホームページには「平均寿命・健康寿命が延びる中で、働き続けることを希望する高齢者の方の活躍を後押しし、より働きやすい仕組みとすること」と明記されています。
図表2 在職老齢年金制度の主な改正(本格的な年金制度導入~現在)
出所)
厚生労働省「第21回社会保障審議会年金部会」(2024年11月25日)資料等をもとに作成
 ご承知のとおり、在老については基準額のさらなる引き上げや制度そのものの撤廃を推す声があります。これらには賛否両論があり、どうなるかは予断を許しません。今後はそのあたりも考えていきたいと思います。
参考:
森 義博(もり・よしひろ)
公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団 シニアアドバイザー
CFP®、1級FP技能士、1級DCプランナー、ジェロントロジー・マイスター
1958年横浜市生まれ。大学卒業後、国内大手生命保険会社入社、2001年から同グループの研究所で少子高齢化問題、公的年金制度、確定拠出年金、仕事と介護の両立問題などを研究。2015年ダイヤ高齢社会研究財団に出向し研究を継続。2024年4月から現職。
趣味はピアノ演奏と国内旅行(とくにローカル鉄道)。

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