在職老齢年金制度は今後どうなるか

森 義博
2026.04.06

支給停止基準額が65万円になった「在老」
 2026年4月、在職老齢年金制度(在老)の支給停止基準額が65万円に引き上げられました。4、5月分の年金が振り込まれるのは6月15日ですので、基準額引き上げの効果が実感できるのはまだ少し先になりますが。

 日本年金機構のホームページには、「平均寿命・健康寿命が延びる中で、働き続けることを希望する高齢者の方の活躍を後押しし、より働きやすい仕組みとする」と改正趣旨が書かれた後、改正前後の年金支給額の変化が例示されています(図1)。

 国税庁の「令和6年分民間給与実態統計調査」によると、正社員の平均給与は545万円。月額換算すると45.4万円ですので、図1は年金受給開始後も現役世代の平均的な水準の給与で働いている人の例ということになります。基本月額10万円も、それと同水準の平均給与で40年勤務した場合の厚生年金額(報酬比例部分)に概ね相当します。

 つまり、平均的な給与で勤務してきた正社員が65歳以降も現役世代の平均的な給与水準で働き続けた場合、これまでは基準額を超過して、年金の一部(例では2万5千円)がカットされていましたが、改正後は年金がまるまる受給できるばかりか、賃金がさらに(同9万円)増えても基準額にかからなくなったということです。65歳前頃の給与は全在職期間の平均より高いケースも多いと思います。その場合でも基準額まで9万円の余裕があれば、“給与を落とさずに年金を満額受け取って働き続ける”ことができるケースが増えることでしょう。
図1
支給停止基準額改正前後の年金支給額
〔例〕
基本月額(老齢厚生年金額)10万円、総報酬月額相当額(賃金)46万円(標準報酬月額36万円、標準賞与額120万円<月額10万円>)の場合
出所)
日本年金機構のホームページ(「在職老齢年金制度が改正されます」)をもとに作成
「在老」撤廃はある?
 今回の改正法案は2025年の通常国会に提出され、同年6月に成立しました。改正内容は厚生労働省の社会保障審議会年金部会などで検討されていたのですが、その際には、支給停止に該当している人がどのくらいいるかが検討材料のひとつになりました。

 図2は、2024年11月の同部会に提出された資料です。65歳以上で在職している年金受給権者の賃金(総報酬月額相当額)と厚生年金の合計額の分布(在老の支給停止基準額が47万円だった2022年度末時点)です。2万円刻みで、基準額の47万円は「46万円以上48万円未満」(オレンジ色)の中間にあたりますので、境界線前後の部分の割合ははっきりしません。しかし、すぐ下の「44万円以上46万円未満」がその前後に比べて相対的に高いことから、年金の支給停止を嫌って基準額以下に収まるように就労を抑制している人が一定数いたことが想像されます。

 一方、基準額から遠い合計額20万円台の人が全体の3分の1を占めており、40万円未満までの人で全体の4分の3に達しています。このように基準額を大きく下回る人の中にも、年金支給停止を意識して、あるいはルールを一部誤解して働き方を抑えた結果、金額が想定以上に低めになった人も含まれるとは思われますが、多くの人は在老ではなく本人のライフスタイルの選択や、企業の就労条件によるものでしょう。60代前半には在老と就労抑制の関係が確認できるものの、65歳以上に関しては明確ではなく、基準額引き上げ効果がどの程度期待できるかは不明とする専門家の見解もあるようです。

 社会保障審議会年金部会の審議では、基準額を62万円(検討当時)に引き上げると、支給停止によって留保される財源が、約4,500万円から約2,900万円に1,600万円ほど減少すると試算されていました。仮に在老を撤廃すれば、その2,900万円もなくなります。また、前述のように、今回の基準額引き上げによって、平均的な収入の会社員は年金がカットされなくなりましたので、これ以上の引き上げは高所得者優遇だという意見もあります。

 今回の基準額の大幅引き上げによって、在老撤廃に向けた勢いがついたような印象が持たれがちですが、必ずしもそうではないのかもしれません。
図2
賃金(総報酬月額相当額)と厚生年金の合計額の構成割合(2022年度末)
―65歳以上の在職老齢年金受給者(308万人)―
出所)
厚生労働省「第21回社会保障審議会年金部会」(2024年11月25日)資料をもとに作成
参考:
森 義博(もり・よしひろ)
公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団 シニアアドバイザー
CFP®、1級FP技能士、1級DCプランナー、ジェロントロジー・マイスター
1958年横浜市生まれ。大学卒業後、国内大手生命保険会社入社、2001年から同グループの研究所で少子高齢化問題、公的年金制度、確定拠出年金、仕事と介護の両立問題などを研究。2015年ダイヤ高齢社会研究財団に出向し研究を継続。2024年4月から現職。
趣味はピアノ演奏と国内旅行(とくにローカル鉄道)。

▲ PAGE TOP